身分なき共犯

六法全書

■身分なき共犯
先日の朝刊の一面に「身分なき共犯」の活字が大きく掲載されていました。今、国会も社会も注目している守屋前防衛省事務次官収賄罪について、彼の妻も収賄罪の身分なき共犯として逮捕されたということである。
30年前、私が法律を曲がりなりにも勉強していたころには聞いたことがない概念でした。30年も昔のことなので、とうとう、私もボケたかなっと思いましたが、「身分犯」という概念は記憶にありました。「身分なき共犯」という概念は、どうしても思い出せない。というより、「身分犯」というのは犯罪構成要件の行為の主体として、例外的に、行為者に身分の存在が必要とされる犯罪、すなわち、収賄罪の公務員がその例であると記憶していました。
そこで、早速、書棚から30年前のカビ臭くなっていた刑法の本を引っ張り出し、頁をめくってみた。本からは、30年前の手あかと汗のにおいがする。もう、本の綴じ紐がほどけるほど読んだ大塚仁の「刑法概説」です。やはり、「身分なき共犯」という項目を見つけだすことはできませんでしたが、刑法第65条にそれらしき規定を読み取ることができました。
当時の教科書には「身分なき共犯」という言葉自体は記載されていませんでしたが、「共犯と身分」というテーマで共犯に関する諸問題として記載されていました。「うむ、やはりボケてきたかな。」頁をめくるうちに、段々と思いだしてきました。「身分犯に非身分者が加担した場合にどのように取り扱うか。」「そうだ、そうだ、真正身分犯と不真正身分犯に分類され、前者は共同正犯を含み、後者は共同正犯を含まない。」
早速、法令検索で刑法を調べてみると、久しぶりに見た刑法は、30年前に諳んじるほど勉強した条文から随分と内容が変わっていました。それでも、共犯の章を見つけて、昔とは、文体が変わって文語体から口語体に変わった条文を発見

(身分犯の共犯)
第65条 犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。
2 身分によって特に刑の軽重があるときは、身分にない者には通常の刑を科する。

「そうか、第1項が真正身分犯で共同正犯を含まず、第2項が不真正身分犯で共同正犯を含む。そういう解釈だった。」

収賄、受託収賄及び事前収賄
第197条 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求もしくは約束したときは、5年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の懲役に処する。

以上を、簡単に解説すると収賄罪は、公務員が犯罪の主体になりますが、第65条の規定に基づき、公務員の身分のない者も、共犯となるように読めますが、身分のない者は公務員ではないし、公務員の職務も行っていないし、受領した金品も賄賂とは言えないので、収賄罪の共同正犯となり得ない。従って、教唆犯、幇助犯、すなわち、賄賂の収受をそそのかしたり、助けたりする行為は、共犯となりうることとなります。
そうすると、今回の守屋前次官の妻ですが、彼女は、賄賂を収受して「身分なき共犯」として逮捕されたようですが、ちょいと、問題があるように思えます。
もっと、簡単な例を示すと、第65条の適用例は、賭博の常習者に加担して賭博の非常習者が賭博を行った場合には、常習者は常習賭博罪、非常習者は常習賭博罪の共犯にはなるが単純賭博罪の罪を科すということであり、同じ考え方を収賄罪に適用できるのかという疑問があるということです。そうです。収賄罪には、身分のない者に科す通常の刑が、刑法には規定されていません。刑法は、罪刑法定主義を基本としており、規定されていない刑罰を科すことはできないのです。
「おう、おう、段々と冴えてきました。」が、この考え方が、正しいのかどうか、30年以上前の知識の限界です。これ以上は、今後の成り行きを注目しましょう。