2008年の正月

関門橋

■2008年の正月
年末からの寒波襲来により、元日は、神戸から下関にかけて寒い日となりました。
神戸を朝、8時頃のレールスターで西に向かい、その時は、朝陽を拝むことができましたが、広島付近から曇りだし、下関に到着した10時頃には、下関は小雪の降る天候でした。10時30分には、実家に到着し、炬燵に1人はまってテレビを見ていた母に「おめでとう」のご挨拶。昨日、弟家族と夕食を楽しんで、ちょっと、疲れ気味なのか。私が、帰省すると、昔から、妙に元気になっていた母の目に力がありません。
もう、今年で、77歳になるので、1人の生活にくたびれてしまったのか。どうにも、切ない気持になりました。少し、話をするうちに、昼食を、近くのプラザホテルで食べようと、小雪の中、歩いてホテルのレストランまで出かけ、タンシチューコースを注文。このホテルのレストランは、眼下に、武蔵と小次郎の決闘の場所である巌流島が望めるとともに関門海峡を一望に見渡すことができます。食事のあと、コーヒーを飲みながら、私と母親の2人のおしゃべりが始まると、段々と、母の目に力が出てきました。
そこで、タクシーで厳島神社(広島の厳島神社の分社)に初詣に連れ出し、無事、今年の初詣を済ませることができました。この神社は、私の曽祖父が、左大臣、右大臣の木像を寄贈するなど、我が家と縁の深い神社であることを、生前の父から初詣のたびに聞いたものです。残念ながら、本殿は、数年前に消失して、今は仮社のみというのは、寂しいものがあります。それでも。母は今年の大吉を喜び、私も今年の中吉に希望を託しました。
初詣から、帰宅後、母は横になり、私は、近くに数年前にオープンして人気のスポットになっている「海響館」という水族館見物に出かけました。昔、私の高校の横にあった下関水族館を移築して新装したものです。高校の時、休み時間に塀を乗り越えて学校を抜け出し、昼の弁当を食べていた水族館とは、まったく、違った趣となり、正月というのに、おそらく帰省の孫たち、それを迎えたおじいちゃん、おばあちゃんでいっぱいでした。その様子を見ていると、息子を連れて帰省していた頃の賑やかな実家を思い出します。
水族館から戻ると、母が、また、1人でテレビを見ていましたが、1時間ほど、おしゃべりをして「さて、神戸に帰るか」と、母に別れを告げました。今日も、弟家族が来る予定ということで、母も、そのことを楽しみに、私の再訪と母の神戸への来訪を、お互い言い合って、私は、5時間の滞在での帰省から神戸に戻りました。神戸について、西神中央の駅から自宅までの暗い寒風の中を歩きながら、母が1人でテレビを見ながら歌を歌っていた様子を思い出し、涙ぐんでしまいました。
翌日、2日は、朝から快晴の空模様。今度は、我が家の初詣に細君と例年とおり湊川神社に出かけます。湊川神社は、例年より人出が少ないように感じたので、細君に、「生田神社も行ってみようよ。」と誘いかけると、細君からも「行きましょう。」と快諾の返事があったので、2人でテクテクと元町商店街から三宮センター街を抜けて、鯉川筋、トアーロードを横切り、生田筋まで歩きました。生田筋は、東急ハンズ付近から、何時も見かけない程のすごい人出にびっくり仰天。「すごいね。陣内、紀香効果かな。」っと2人で納得しながら、人の流れに乗って、ようよう生田神社の本殿にたどり着き、お参りを無事にすますことができました。
本日、3日は、朝からテニスの約束。箕の谷でテニスを楽しんで温泉に入浴して帰るという企画に年末に賛同して、初打ちに参加しました。箕の谷は、北神戸に位置して、この時期は、積雪なども見られ、寒い地域なのですが、今日は、汗ばむほどの好天に恵まれ、今年の中吉を実証してくれました。
2008年の正月三が日は、こうやって無事、過ごすことができ、上々の滑りだしの子年が始まりました。