プリズム

プリズム

■プリズム

私はつぶやいた。ガラスの三角柱の中に、いくつもの虹がある。そして、陽の光をうまくとらえれば、プリズムの外にも虹ができる。七色の光の帯。
プリズムは光だけでなく、私の心もとらえた。

小説の終盤の、主人公の波子と波子の異母妹梨香は、波子の家のリビングのフローリングに座って、梨香のポケットから取り出したプリズムの映し出す虹を見ながら、今の出来事、過去の出来事を一つ一つ振り返るように、ぼんやりと、なにげなく、会話する。
野中 柊著「プリズム」ですが、野中さんという作家は、私は、存じ上げませんでした。この小説も、図書館の新着本コーナーから借りて、読んだものです。大概、図書館で借りる時には、タイトルを見て著者を見て、借り受けます。内容が、面白いかどうかは、読んでみなければわかりません。ちなみに、野中さんは、1964年のお生まれなので、私よりは、大分お若いですが、新進作家と言うわけではなく、何度か、芥川賞候補になっており、主に、家族小説、恋愛小説のジャンルを得意とされているようです。
さて、小説の登場人物の相関関係は、一言で言うと複雑な関係です。主人公は、波子という30過ぎの子供のいない家庭の主婦です。夫は、外科医師の幸正。小説は、波子が、子供の時の母親の葬儀の回想から始まります。しかし、この回想は、すぐに、波子の妄想だと解ります。波子の母親は、波子の父親と離婚しました。原因は、母親の恋愛でした。
小説の流れは、波子が幸正の親友である高槻と恋愛関係を持ち、その恋愛関係によって導かれる波子の心のさざ波が主題となっています。波子の周囲では、波子を中心として、波子夫妻、父親と父親の後妻、そして、異母妹梨香の波子の父親家族、さらに、母親と母親の再婚相手、そして、異父弟圭吾の波子の母親家族、さらにさらに波子の恋人である高槻夫妻という惑星群の中で、波子はそれぞれの関係を保ちながら、日々の生活を送っていきます。
これだけの人間関係を読むと、何だか、どろどろした人間関係のように見えるが、小説は、その関係をさっぱりとした関係として描写しています。特に、波子と父親の後妻である香奈枝と異母妹梨香は、まるで、3姉妹のような関係で、異父弟圭吾は、実の弟のような関係で、さらには、高槻の妻である紀代美とは親友のような関係です。しかし、現実問題として、これだけの関係が、それぞれ憎悪もなく、お互いに分かり合える関係となりうるか、疑問です。そう言った関係をプリズムで見る虹のような関係と筆者は言いたいのでしょうか?
最後に、波子の夫幸正が、彼の恋人と自動車事故に遭って重傷を負います。もう、ここまでくれば、この家族って、どうなっているのって言いたくなりますが、この小説は、ほんとうに、これだけの関係も、何でもない世界のようにさらりと書き綴っていることが、面白いと言えば、面白いと言えます。しかし、ほんとうは、もっと、どろどろした人間関係になるはずだと思いますし、それでは、最近の若い人たちには、受け入れられないのかもしれません。
ある意味では、これだけの関係を、さらりと描くことは、小説自体が、少女コミックのような仕上がりになっており、それはそれで、新しい世界観かなとも思います。