陽光うららかなる日の野球応援

野球応援

■陽光うららかなる日の野球応援
野球の応援といっても、プロ野球でも、高校野球でもありません。私の会社とグループ会社の社員の同好会チームの草野球の応援です。先週、社内メールにジェイブルー(野球チーム名)が、西日本大会の決勝戦に進出という着信がありました。ジェイブルーは、現在、神戸市軟式野球の3部に所属しており、西日本大会といっても、3部の神戸市予選の決勝ということだと思いますが、何といっても、1つの大会で決勝まで残るということは輝かしいことです。
何故、私に、野球チームの社内メールが着信するかというと、一応、このチームの顧問の1人に祭り上げられているからです。そこで、Mくんに、「試合の球場の場所ってどこ?」と問いかけると、「あじさいスタジアムで三田の方です。地図を渡しますので、応援に来て下さい。」「うん、テニスがあるから、解らないけどね。」と聞いておきながら、ちょっと、つれない返事を返しておきました。実際、毎週のテニススクールは、私のリフレッシュの楽しみの1つであったので、迷っていました。
すると、何時間も過ぎないうちに、Sくんから「応援に来てくれるんですって!もう、皆の噂になってますよ。」とSくん特有のジョークを交えた誘いを受けてしまいした。おっと、外堀を埋められたかなと思いつつも、まあ、当日の天気を見て、どうするか決めようと日曜日を待つこととしました。
日曜日、抜けるような青空、気温も温かく、陽光うららかな春の日和。まさに、野球の応援に最高の日になってしまいました。覚悟を決めた私は、細君に、「今日は、テニスには行かないよ。野球の応援に行くから。」と伝え。「へえ、珍しいわね。」「うん、Sくんにうまく乗せられてしまったよ。」ということで、相棒のワン公をお供にして、あじさいスタジアムに出かけることとなりました。
あじさいスタジアムは、フルーツフラワーパークの近くに位置し、昔、そこで屋外アイスリンクを営業していたので、何度か足を運んだ方面でもあり、阪神神戸線から北六甲有料道路と走行していると何となく懐かしさを感じました。そのころは、両道路が接続していなかったので、有馬街道から北六甲有料道路を利用していたように記憶しています。
肝心の野球の試合は、1回の裏に2点を取られましたが、3回の表に2点を取り返し、そのまま、緊迫した攻防が続き、遂に、7回まで同点で終わりました。そこから、決着をつけるため、サドンデスに移り、ノーアウト満塁の設定で延長戦になりました。残念ながら、この延長戦で負けてしまい、惜しくも、3対2の1点差でした。試合は、エラーは、ほとんどなく両チームともランナーは出ますが、守り切るといういい試合を展開しました。
わがチームは、40歳半ばを筆頭に、30歳代、20歳代と幅広い世代の選手で構成されていますが、皆、野球を楽しみながら、頑張っていました。まあ、40歳半ばの選手は、さすがに、走るのはスローモーションを見るようで、スピードがなくなってきていましたし、肩も衰えているようで山なりの送球でしたが、それでも、手の届く範囲の細かいプレーは、昔どおり上手に捌いていました。
陽光うららかなる日に、久しぶりに野球を観戦して、こちらも楽しませてもらいました。