新入社員の頃ってどうだったかな

あしか

■新入社員の頃ってどうだったかな
昨日は、新入社員の歓迎会でした。入社した社員は、皆、私が入社した時分には、まだ、生まれていなかった人達です。私から見れば、息子ほどの年齢の差があります。早いもので、私も、4月1日で勤続30年になりました。
私が、この会社に入社したのは、昭和53年、第二次石油ショックの頃です。1973年に勃発した第4次中東戦争の影響を受けて原油価格が2倍に高騰し、トイレットペーパーや石鹸など石油と関係のない商品まで買い占め騒動が起きるなどの社会現象を起こした第1次石油ショックから、会社の雇用環境は、急激に悪化して、内定取り消し騒ぎなども起きた時代でした。当然、就職の超氷河期で、大学の就職相談室の掲示板には、企業からの募集はわずかでした。そのため、募集のある会社に多くの学生が、集中しました。
そのような社会情勢の中で、今の会社に入社したわけですが、まさか、30年もの長い期間、この会社のお世話になるとは思ってもみませんでした。もともと、私は、法曹人になることが夢だったので、会社に入社してからも勉強を続けて、何とか司法試験の合格を目指すつもりでした。しかし、私は、会社で勤務しながら勉強を続けるほど器用な人間でもなかったし、勉強熱心な人間でもなかったのです。結局は、会社の居心地の良さと会社の仲間との楽しい生活に、何時しか、私の夢は遠のいて行きました。
私が入社したころの会社は、まだ、草創期の時代だったため、会社の事業の実施に向けて、様々な出来事が起こり、めまぐるしく動いている時でした。今から思えば、私の歴代の上司の方たちは、私を育てようと熱心に指導してくれたと思います。当時は、パソコンもコピー機もなかったので、すべて、用紙に手書きでした。上司から支持を受けて、起案文書やレジュメを作成すると上司に赤字で修正を入れられ、それを清書するという仕事のやり方が主流でした。
今は、パソコンのWord、Exel、PowerPointなどパソコンソフトを活用して自分で資料を作成し、部下にメールでその資料を送り、適当に形式を整えて起案を支持するという、まったく、部下が育たない仕事のやり方をしています。その方が、てっとり早いし、自分流の資料が作成できるという自分勝手な仕事のやり方です。ここは、面倒でも、部下に要点を指示して、部下に資料を作成させ、気に入らなければ、自分流に修正させなければ部下は育たないのではないかと、最近、自分の仕事のやり方に反省しています。どこか、上司が部下に遠慮しているようなことでは、いい上司とは言えないのではないでしょうか。
話はそれましたが、私が入社した時分の思い出として独身寮での生活は、青春の1ページです。今でも、その頃、同じ釜の飯を食った仲間とは、年齢を超えた気の置けない関係です。今の独身寮はワンルームのバス・トイレ付ですが、昔の独身寮は、木造2階建ての古めかしい建物で、当然、共同トイレ、共同風呂(3〜4人一緒にはいいていました)でした。テレビは、食堂にしかないので、必然的に、食堂に集まってワイワイと談笑していました。ちょうど、30年前の昨日、キャンデーズの解散式を独身寮の食堂に屯し、ビールを飲みながら皆で見ていたことを思い出します。私は、3年半、そこにお世話になり、そこから、結婚して社宅に引っ越しをしました。そんな昔を思い出す新入社員の歓迎会でした。