「千日紅の恋人」

千日紅の恋人

「千日紅の恋人」
帚木蓬生(ハハキギ・ホウセイ)
新潮文庫
平成20年4月1日発行
590円

帚木蓬生さん。東京大学の仏文学科を卒業されて、TBSに勤務され、2年で退職後、九州大学医学部に学び、現在は、精神科医です。もちろん、精神科医の傍ら著作活動をされています。映画化された「閉鎖病棟」が代表作ですが、病院の精神科を舞台としたサスペンス小説だったと記憶しています。ペンネームの帚木(ハハキギ)と蓬生(ホウセイ)は、それぞれ源氏物語の巻名に由来するそうです。
帚木(ハハキギ)は、光源氏が中将で17歳のころの物語です。源氏の宿直所(トノイドコロ)で頭の中将は源氏に贈られた女性たちの手紙を見ながら女性談義をはじめます。そこに、左馬頭(ヒダリノウマノカミ)や藤式部丞(フジシキブノジョウ)も来て、一所になって雨夜(ウヤ)の品定めがにぎやかに始まります。その翌日、源氏は、方違(カタチガ)えにかこつけて紀伊守(キノカミ)の邸にいきますが、そこで、空蝉(ウツセミ)に逢い、空蝉を忍びますが、思慮深い空蝉に拒絶されます。
帚木とは、信濃国園原伏屋にあるヒノキの木で、箒を立てたように見えることから、こう呼ばれています。「園原や伏屋に生ふる帚木のありとてゆけど逢はぬ君かな」(「古今和歌集坂上是則)「帚木」は、母を意味し、母に、近づいてもなかなか逢えぬ人。源氏物語の場合には、母を空蝉に喩えています。
蓬生(ホウセイ)は、源氏物語では(ヨモギウ)と言います。光源氏が28歳から29歳で権大納言から内大臣のころの物語です。源氏が須磨に下り、世話をしてくれる者のなくなった末摘花(スエツムハナ)の邸は、荒れ果てて浅茅(アサジ)は庭を覆い蓬(ヨモギ)は軒まで伸び、葎(ムグラ)は門を閉ざしていました。帰京した源氏は、末摘花の境遇を知って、驚きあわてます。
帚木蓬生さんのペンネームから本の紹介が源氏物語にそれてしまいましたが、「千日紅の恋人」は、どこか懐かしさが漂い、ゆっくりとした時間の流れを感じさせる大人のラブストーリーです。
主人公の時子は、扇荘という亡父の残した安アパートの管理をしながら、老人介護施設にパート勤めしている女性です。彼女は、2度の別離の経験がありますが、扇荘の14人のそれぞれ事情を抱えた住人の「大家さん」として、親身に接していました。ある時、扇荘に有馬という青年が入居してきます。扇荘の住人と有馬と時子との間で起こる様々な出来事を通じて、2人は、徐々に引き合うようになります。
私は、扇荘の部屋割りや、住人の家庭環境などをメモ用紙に書きながら、この小説を読み進めていきました。この小説では、扇荘の住人が第3の主役だからです。千日紅は、別名を「千日草」ともいい、夏から秋にかけて長く楽しめる花です。花言葉は、「終わりない友情」。有馬が、扇荘の花壇に植えた花です。