1年、また、1年の人事異動

やまぼうし

昨年、まだ、このブログを書き始めたころの6月16日に「人事異動」と題して、書き込みました。あれから、丁度、1年が過ぎました。
先日、「6月26日付で異動の内示です。」という上司からの一言で、また、また、業務の担当が変わることとなりました。1年前のブログにも書きましたが、現在、人事・労務を担当していますが、自分の人事は、当然のこと、自分では決められません。ただし、事務的な都合もあり、他の社員よりは、早く、知る立場にはあります。
5月の末になるでしょうか。担当常務から呼び出されて、1枚の紙を見せられました。「社長も了解なので、この線で、あとはよろしく。」の一言。紙を見てみると、自分の名前があったので、「異議ありの声あり。私は、最近、1年おきに異動しています。少し、落ち着いて仕事をさせて欲しい。」と、とりあえず言ってはならない自分の異動についての抵抗を試みますが、もちろん、取りあえずの発言であり、サラリーマンは、従わざるを得ません。『あと』というのは、つなぎの異動計画を作成するということです。ここから、人事マンの作業が始まります。
席に戻って、課長に件の紙を渡して、「『あと』をお願いします。」どこの会社でも、株主総会の前には、おそらく、同様の光景があるのでしょう。わが社の異動には、組合からの介入は、一切ありませんし、外部からの介入もありません。ただし、各組織に計画の打診をすると、多少は、それぞれの組織の抱える課題もあり、計画の修正は必要になります。この調整に頭を悩ますのが、この季節のお決まりのコースですが、どうしても、口の軽い幹部もいるため、人事情報が噂になり、尾ひれがつき、時々、人事担当サイドのこちらにも聞こえてきます。
調整が終わり、最終説明を上層部に行い、人事稟議書の決裁が終わると、もう、余程の事情がない限り変更はありません。この手続きを経て、対象となる社員への内示となるわけです。この内示が、私にも下ったわけです。
人事異動は、経費と労力がかかります。もちろん、異動の対象となった社員は、転居を伴う場合には、引っ越し、子供の学校関係、または、単身赴任を余儀なくされ、業務が変わることより、引き継ぎや新しい業務に慣れるための勉強などの負担がかかります。会社としても、配置転換により、一時的に、異動の対象となった社員の所属する組織には、業務の停滞が発生する場合があります。
では、何故、このような人事異動というものを会社は行うのでしょうか?「組織の新陳代謝と活性化のため」というのが慣例句です。まさに、そのとおりだと思いますが、私のように、この3年間で、異動、兼務・事務取扱の任免などで8枚も発令を受けるのは、ちょっと、どうかと思います。・・・・これって、ほんとうは、「いじめ」でしょうか?そうは思いたくありませんが・・・・。まあ、昨年と同様、愚痴を言っても仕様がありませんし、お給料を貰えなくなるわけでもないので、残りのサラリーマン人生を平々凡々と過ごすのみです。
来年は、同じテーマでブログを書くことがないことを祈ります。うむ、ひょっとしたら、来年は、「後進に道を譲ってくれ。」という慣用句を聴くことになるのでしょうか?
「くわばら!くわばら!」