「砂漠」

砂漠

「砂漠」
伊坂 幸太郎
実業之日本社 Jノベル・コレクション
2008年8月10日発行
933円

ぼくは砂漠についてすでに多くを語った。
ところで、これ以上砂漠を語るに先立って、
ある一つのオアシスについて語りたいと思う。
「人間の土地」サン=テグジュペリ

この小説の巻頭に引用されているアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの「人間と土地」からの一節です。サン=テグジュペリは、1930年代に活躍したフランスの作家ですが、当時、飛行機乗りとしても活躍しており、その経験を題材とした「人間と土地」、「夜間飛行」そして「星の王子さま」は、彼の代表作です。日本では、「星の王子さま」は児童文学として、そしてその挿絵を見れば、だれでも「あーあー、あの絵か!」と必ず見たことのあるものです。
伊坂さんは、ミステリー作家としてデビューし、活躍されていますが、この小説は青春小説です。小説の舞台は、仙台。東北大学法学部に在籍する5人の大学生が主役です。伊坂さんご自身が、東北大学法学部出身であり、現在も、仙台を基盤に活躍されているので、まさに、自分の学生時代を脚色しながらこの小説を書かれたのでしょうか?
小説は、大学1年生の春、2年生の夏、3年生の秋、4年生の冬そして卒業の春の5節で構成されています。主人公5人は、新入生歓迎コンパで出会い、普通の大学生の生活の中で起きる様々な出来事、事件。そして、その度に、社会という砂漠に囲まれた「オアシス」で、過ごす日々が瞬く間に過ぎていくことを感じ取ります。「砂漠に雪を降らせてみよう」の言葉は、やがて、彼らの合言葉のようになります。
5人の主役は、盛岡出身の北村くん、東京出身の南さん、横浜出身の鳥井くん、千葉出身の西嶋くん、そして、仙台出身の東堂さんです。東堂、南、西嶋、北村の4人で、「東・南・西・北」と麻雀の風が揃っています。そのため、麻雀の場面の多い小説です。読んでいるうちに、彼らの大学生活とは随分と様子が違いますが、私の大学時代の生活が、懐かしく思い出されます。

四月、働きはじめた僕たちは、「社会」と呼ばれる砂漠の厳しい環境に、予想以上の苦労を強いられる。砂漠はからからに乾いていて、愚痴や嫌味、諦観や嘆息でまみれ、僕たちはそこで毎日必死にもがき、乗り切り、そして、そのうちその場所にも馴染んでいくに違いない。

でも、社会って、そんなにカラカラに乾いた砂漠ではないよ。学生時代は、自由なようで、自由の中にかくされた不自由があったはずだよ。社会には、学生時代よりも沢山の「オアシス」があります。「乾いた砂漠」と感じるかどうかは、すべて、君たち自身の心が決めるものなんだよ。
私は、やがて、今度は、働くという社会を卒業するときが来ますが、「もっとカラカラな乾いた砂漠」が待っているかもしれません。でも、そのときを「オアシス」に変えることができるのも「自分自身のこころ」でしょう。