寺田寅彦博士

寺田寅彦

寺田寅彦博士は、明治11年に東京で生まれ、明治14年に高知に転居、高知において幼年時代を過ごしています。その後、明治29年、熊本の第5高等学校で英語教師の夏目漱石に師事し、明治32年、東京帝国大学理科大学に入学し、長岡半太郎に師事し、物理学を専攻しました。
物理学の研究は、「地球物理学」の分野を専門としていたようで、随筆にも、地球物理学に関連したものが多く見受けられます。また、随筆家、俳人としても、吉村冬彦の名前で多くの著作を遺しています。
夏目漱石の「吾輩は猫である」の水島寒月、「三四郎」の野々宮宗八のモデルではないかという説は、有名であり、漱石門下の最古参として、随筆家の内田百鐘??ネどにも多大の影響を与えているといわれています。
私が、寺田寅彦に惹かれるようになったのは、「三四郎」の野々宮宗八に惹かれたためです。中学時代に読んだ「三四郎」のあとがきに、大学の地下室で光の質量の研究に没頭している野々宮宗八のモデルが、寺田寅彦であるといった趣旨のことが書いてあり、寺田寅彦とは、どういった人物なのだろうかと興味をもったのです。
寺田寅彦の随筆に親しむようになったのは、昭和53年に渋谷の本屋だと記憶していますが、就職した最初の賞与で、「寺田寅彦全集 全17巻 (各800円)」を購入してからです。それから、現在に至るまで、この全集は、私の愛読書となり、読書に飽きた時の読む本という奇妙な関係になっています。
さて、昨日からの続きで、寺田寅彦の物理学に関する2つの随筆を紹介します。

『「日常身辺の物理的諸問題」
 毎朝起きて顔を洗いに湯殿の洗面所へ行く、そうしてこの平凡な日々行事の第一箇条を遂行している間に私はいろいろの物理学の問題に逢着する。そうしていつも同じようにそれに対する興味は引かれながら、いつまでもそのままの疑問となって残っているのである。
 第一は金だらいとコップとの摩擦によって発する特殊な音響の問題である。』

特殊な音響の問題とは、金だらいとコップとが接触することにより、中の水の水量により発生する接触音が微妙に異なることに着目して、その原因は、追及しています。殊更に、物理学者とは、発生する事象の原因を探求する人種のようです。

『「神話と地球物理学」
 われわれのような地球物理学関係の研究をしているものが国々の神話などを読む場合に一番に気のつくことは、それらの神話の中にその国々の気候風土の特徴が濃厚に印銘されており浸潤していることである。
 高志の八俣の大蛇の話も火山からふき出す溶岩流を連想させるものである。
 「身一つに頭八つ尾八つあり」は溶岩流が山の谷や沢を求めて合流あるいは分流するさまを暗示する。』

日本書紀古事記の神話が、地球物理学にとって、きわめて重要な研究資料となっていることを強調しています。殊更に、地球物理学者とは、人並み外れた好奇心と想像力を持ち合わせた人種のようです。
寺田寅彦の伝記として、次の本を紹介します。

寺田寅彦
太田文平
新潮社
平成2年6月20日発行
2500円