「古道具 中野商店」

中野商店

「古道具 中野商店」
川上 弘美
新潮文庫
平成20年3月1日発行
514円

『骨董ではなく古道具、の中野さんの店は、文字通り古道具で埋まっている。ちゃぶ台から古い扇風機からエアコンから食器まで、昭和半ば以降の家庭の標準的な道具が、店の中にところ狭しと並んでいる。中野さんは昼前に店のシャッターを開け、煙草をくわえたまま「呼び込み用」の道具を店先に並べる。ちょっと洒落た模様の皿小鉢の類や、アートふうのデザインの手元灯、オニキスまがいの亀や兎の文鎮、古い型のタイプライターなどを、店先に置いた木製のベンチにかっこよく並べるのである。ときどき煙草の灰が亀の文鎮の上に落ちたりすると、中野さんはいつもつけている黒いエプロンの端で乱暴に灰を払いのける。』

ヒトミは、古道具屋のアルバイトです。屋号は、中野さんが経営する「中野商店」。頼りにならない中野さん、しっかり者の中野さんの姉さんのマサヨさん、そして、どことなくハッキリしない「そうっすか。」しか言わないタケオ。この3人が、中野商店を舞台に織りなす人間模様が、小説の流れです。もちろん、中野商店を中心に大人の恋愛、ちょっと若い人の恋愛も、繰り広げられます。
タイトルが、まず、読者の目をひきつけます。「古道具 中野商店」。タイトルを読むと経済小説? 時代小説? 筆者は、川上弘美さんです。まさか、そんなことはないでしょう。ということで、何となく、「ちょっと手にとって、読んでみようかな。」という気持ちに引き込まれます。小説のタイトルは、読者をひきつけるに、最も、大切なものです。そして、このタイトルが、小説を読み終わったときて、読者が納得するものでなければなりません。
小説の全体構成は、12の節に分かれており、それぞれの節は、中野商店を訪れるお客や中野さん、マサヨの愛人、恋人が脇役として、入れ替わりますが、ヒトミとタケオのじれったい恋という共通項でくくられています。したがって、中盤まで読み進むと、なんとなく、間延びしたような物語になってきますが、終盤には、中野商店に大きな変化がやってきます。

『中野商店をいったん閉めると中野さんが宣言したのは、節文を一週間ほど過ぎたころだった。
 朝からちらほらと雪が舞っていた。風花っていうのよ、こういうの。マサヨさんが言うと、タケオは外へ出て空をじっと眺めあげた。店先で、いつまでも真上を向いたまま、じっとしている。犬みたいな子ね。マサヨが笑った。
 中野さんがやってきたのは午後遅くで、雪はもう止んでいた。
「全員集合」中野さんはへんな号令をかけた。』

この小説の技法に、ひとつ特徴があります。その技法を、川上弘美さんは、巧に使い分けられています。小説の一節から、例を紹介します(気がつきますか?)。

『「あのお客さん、どう思う」とわたしが聞くと、タケオはしばらく首をひねっていたが、やがて「それほどやな匂いはしないすよ」とだけ言った。
 やな匂いって、何。そう聞いたが、タケオはうつむいて黙っていた。』