「天国はまだ遠く」

「天国はまだ遠く」

「天国はまだ遠く」
瀬尾 まいこ
新潮文庫
平成18年11月1日発行
362円

『目覚めは爽快。深い深い眠りの後、さっぱりと目が覚めた。爽やかな朝、窓越しに太陽の光が見える。雲が出ていないのだろう、太陽の光はいつもより濃く、部屋の中がすっきりと明るい。こんな清々しい朝を迎えるのは、何年ぶりだろうか。最近はずっと、浅い眠りと思い目覚めを繰り返していた。』

23歳の山田千鶴は、仕事にも人間関係にも疲れて、自殺を決意し、丹後の木屋谷という集落にやってきた。そして、その集落で、たった1軒の古い民宿に宿をとった。その夜、彼女は、14錠の睡眠薬を服用する。その結果は、

『男の言葉に、私は首をかしげた。
「そや。自分でわかっとらへんのかいな。あんた、一昨日の晩来て、丸一日眠っとったんやで。昼間と、夕方に見に行ったけど、完全に熟睡しとったわ」
「そうだったんだ・・・・・」
私は三十二時間も眠っていたのだ。』

眠りから覚めた千鶴は、居心地の良い民宿「たむら」で、二十日余り寝起きをすることとなります。そして、田村さんに自分が自殺するつもりであったことを告白しますが、逆に、田村さんにあきれられてしまいます。

『「睡眠薬飲んだんです。でも、失敗しちゃって」
睡眠薬?そんなんで死ねるの?」
「さあ」
「なんか一昔前の漫画やな。今時、睡眠薬で死んだなんて聞いたことないで」
「そう言えば、そうですね」
「そうですねってのんきやなあ。本気で死ぬ気やったん?」
「もちろん本気でしたって!」
「そやってら、眼鏡橋行ったらよかったのに。あっこやったら的中立率高いで。薬より手っ取り早く死ねるわ。」』

自殺という暗い話が、一転、千鶴と田村さんとの間で、コミカルなやり取りとなります。やがて、千鶴は、丹後の豊かな自然と人情に触れるうちに、自殺から立ち直って、生きていこうとしますが、やはり、この地に長くは居ることができませんでした。

『私はこの地が好きだ。朝露に湿った道を歩くのも、夕焼けにそまる枯れ枝を見上げるのも大好きだ。葉の匂い、風の音、きれいな水、きれいな空気。どれも捨てがたい。おいしい食事に、心地よい眠り。この生活にも体が順応している。古い民宿だって、鶏たちだって気に入っている。だけど、ここには私のするべきことはどこにもない。自然は私を受け入れてくれるし、たくさんのものを与えてくれる。でも、私はここでなにをすればいいのかちっともわからない。』

小説全体が、丹後の自然と田村さんの丹後の言葉で埋め尽くされているのは、「あとがき」に瀬尾さん自身が丹後での生活の経験をしているからでしょうか。民宿「たむら」の田村さんの丹後の言葉が、この小説の面白さを引き出しています。