「まほろ駅前多田便利軒」

まほろ駅

まほろ駅前多田便利軒」
三浦 しをん
文春文庫
2009年1月10日発行
543円

第135回(2006年上期)直木賞受賞作。
風変わりなタイトルです。小説は、タイトルを見れば、それが、恋愛小説か、時代小説か、歴史小説か、経済小説か、推理小説か、などなど。おおむね、どういったジャンルの小説であるかが、判るものですが、さて、この小説は、いったいどういった内容の小説なのであろうか。このタイトルに興味を魅かれました。

まほろ市は東京の南西部に、神奈川に突きだすような形で存在する。
 まほろ市の縁をなぞるように、国道16号とJR八王子線が走っている。私鉄箱根急行線は、まほろ市を縦断して都心部へとのびている。まほろ市民は、これらを「ヤンキー輸送路」と呼ぶ。』

この小説の舞台となった「まほろ市」は、実在する都市ではなく、架空の都市です。たぶん、位置的には、町田市をモデルにしているのでないかと思われます。しかし、随所に、まほろ市の交通事情、地理環境などの描写があり、読んでいると、どこかに実在する都市のように錯覚してしまいます。
「多田便利軒」は、屋号です。さて、商売は何かというと

『名刺を1枚取り出した。
「多田便利軒 多田啓介」
「ラーメン屋?」
「ラーメン屋に見えるか」
「多田という名字は、商売には向かないんじゃないかな」
「なんで「「多田便利屋」じゃなくて「「多田便利軒」にしたの?語呂が悪いから?「便利屋多田」どと、やっぱり「便利屋タダ」みたいだしね」』

まほろ駅前で、多田は、1人で便利屋を開業していました。ある年の正月3日、仕事の帰りに都立まほろ高校時代の同級生の行天春彦に偶然出会います。多田と行天とは、高校時代には、親しい間柄ではありませんでしたが、何故か、往くあてのない行天を多田は、便利屋の事務所に伴いました。というか、行天が多田に、くっついていきました。

『地元密着型の便利屋を営む多田と、急に転がり込んできた謎だらけの行天と。飼い主募集中のチワワには、ほかに帰れる場所のない。
 生まれ育った町、東京郊外にある、三十万人が暮らすまほろ市のほかには、』

そこで、何となく、行天が居候するようになり、2人は、寝起きを共にしながら、行天は、多田の便利屋稼業を手伝うことになります。塾へ行く子供の迎え、引き戸の修理、倉庫の片づけ、庭の掃除、男と別れるための交渉など、便利屋の仕事は多彩です。そんな仕事を請け負いながら、2人は、様々なトラブルに巻き込まれます。
2人の巻き込まれるトラブルは、現代の様々な社会の抱える問題にも通じるところがあり、多田と行天の2人の不思議な人間的な魅力が、そういった問題を鋭くえぐっていきます。さらに、2人の過去が見え隠れし、読者を、最後まで飽きさせない小説です。