「真夜中のフーガ」

真夜中のフーガ

「真夜中のフーガ」
海野 碧(umino ao)
株式会社 光文社
2008年10月25日発行
1700円(神戸市立図書館)

「水上のパッサカリア」(第10回日本ミステリー文学大賞新人賞)、「迷宮のファンダンゴ」、そして、「真夜中のフーガ」と3連作の長編ミステリー小説です。「パッサカリア」は、イタリア語でスペイン、イタリアの舞曲。「ファンダンゴ」は、スペインの民族舞踏の謡曲。「フーガ」は、西洋音楽の形式。「フーガ」だけが、前二者と少し、趣が異なります。
2008年3月に「水上のパッサカリア」の読所感を、このブログに掲載しました。図書館の近刊本コーナーを漁っていて、この本を見つけて、思いだしました。

『毎朝の習慣として、コーヒーを飲みながら広げた朝刊の社会面に、自分が死んだという記事が出ていたら誰でも驚くだろう。そして、同姓同名の人間は世の中にはけっこういるから、そのうちの一人が新聞に出るような形で死んだのか、と思い返して、一種ほっとした感慨に耽るかもしれない。』

主人公は、大道寺勉。十八歳の時に戸籍を失う。そして、二十五歳のときに「大道寺勉」という赤の他人の戸籍を手に入れた。通称は、「ベン」といまは呼ばれている。本名は、「橿原驟介」。ある朝、ベンの本名と同姓同名の男が、変死したという記事を見つけた。
確かに、「橿原驟介」という同姓同名は、何かのいわく因縁を感じさせる。小説は、この同姓同名の男の死から始まる。
大道寺勉。十八歳の時に、ある事情から、母親と別れアメリカのサバイバルキャンプで生活し、偽造パスポートで日本に帰国したタフガイ。日本に帰国後、小さな自動車整備工場の経営のかたわらとして、依頼を受けて「始末」を請け負う。時代劇でおなじみの「仕置き人」とは違って、殺しは行わない。借金の取り立てから始まり、恨みを持つ相手への適当な意趣返しの代行、警察に届けられない事情のある事件の調査などである。
もう「始末屋」稼業からは、足を洗おうと思っていた時、相棒の岡野から、ある脅迫事件の調査の依頼を受ける。あまり気乗りはしない「ベン」であったが、とりあえず依頼人からの話を聞くことにはした。依頼人は、極星会の親分である古賀。話を聞いた以上は、断る術はない。
「ベン」の調査が始まる。ところが、意外な展開が、そこには待っていた。二十年前に、「ベン」を捨てた母親が・・・・。

『さようなら、母さん、こんなことは面と向かってはとても言えないが、いい機会だから言っておく。母さん、ありがとう、産んでくれて。
 赦すということは恐らく、赦されるということと同じ意味なのだろう。私は、私を平然と見捨てて去った母が私の母であることを赦し、同時に私が、母の息子としてこの世に生を受けたことを赦されたのだと思った。』

同姓同名の男の死から、まったく、その事件との関係をうかがうことができない脅迫事件の調査へと展開し、そこで、思わぬ別れた母との再会。そして、「ベン」は、母を守るために、最後の決断をする。この小説は、ミステリーとハードボイルドのジャンルから、ヒューマニズムへとその主題が、流れていく。