窓からの風景

この「窓からの風景」を見ることができるのは、あと、何年でしょうか?
神戸は、六甲山系と海との間に、東西に横長に広がる街です。道に迷うことは、殆どありません。北に行けば、山、南に行けば海なので、東に行くか、西に行くかの選択のみです。
私の会社は、この神戸の三宮に所在し、ビルは、国道2号線に面している東西に長い長方形です。オフイスは、12階の山側にあるため、私のデスクの位置から、椅子をくるりと回すと、そこには、六甲山系の山並みと神戸の街の景色が広がります。
ちょうど、正面のやや右手に見えるペンシル型の高層ビルが、新幹線の新神戸駅のそばにある「ホテルクラウン」(旧新神戸オリエンタルホテル)です。その先の山の上には、布引ハーブ園があります。新神戸駅からゴンドラに乗って、約10分の空中散歩を楽しみながら行くことができるのですが、残念ながら、私は、毎日、このゴンドラを眺めるだけで、そこに、行ったことがありません。こんなに傍に居るのに。
正面の西側(やや左手)の山の手は、「風見鶏の館」などで有名な北野の異人館通りです。この窓からも、「うろこの家」などの異人館を見つけることができます。神戸の中心街である三宮から、北野通りを山に向かってダラダラと上って行くと異人館通りです。この北野通りと異人館通りの両側には、おしゃれなレストラン、喫茶店、小物店、洋品店などが点在して、神戸の観光客を楽しませています。もちろん、神戸のジャズのライブを聞かせるお店も、この通りに数軒あり、夕方には、通りまでスイングのメロデーが漏れ聞こえてきます。
私は、時々ですが、会社からの帰宅の寄り道に、三宮から北野通りを北に向かって上り、異人館通りを東に抜けて、新神戸駅まで山の手を回るコースを、はじめて来た観光客のように、周りをキョロキョロと見ながら散歩することがあります。何度、この2つの通りを歩いても、新しい発見があります。
いつもは、ビルからまっすぐ新神戸駅に向かって歩くのが帰宅コースですが、このコースは、二宮商店街という古びた下町風の商店街を抜けて行きます。このコースにも、途中に、「フロインドリーブ」という教会風のドイツパンのお店(テレビドラマ「風見鶏」のパン屋のモデル)があり、以前は、そこで、名物のパンケーキを買っていましたが、高カロリーなので、止すことにしました。帰宅のコースとしては、三宮から地下鉄に乗る方が近いのですが、わざわざ、健康のために一駅遠くの新神戸駅まで歩いているのですから。
これが、窓から見える風景ですが、近頃、会社のオフイスのフロアー、机、椅子そして「窓からの風景」、通勤のコースなどが、何だか、私にとって、とても大切なものに思えてきました。サラリーマンは、就職してから、1年の三分の二、1日の三分の一を会社で過ごします。会社で過ごす定年までの時間は、人生のなかで、寝ている時間をべつにすると、もっとも長い時間です。学校を卒業して、就職した頃には、そんなに先のことまで考えたこともありませんでしたし、10年、20年程度を勤めた頃にも、そんなに過去のことは考えたこともありません。
そんなことを考え始めたのは、定年までのカウントダウンが見えてきた近頃からです。そのため、今、毎日の会社での生活が、サラリーマン人生の最終章を向かえようとしている時、私は、「私の過ごした時間」と「窓からの風景」に、未練のない「あとがき」が書けるようにしたいと想っています。