「夕映え天使」

夕映え天使

「夕映え天使」
浅田 次郎
新潮社
2008年12月20日発行
1400円(神戸市立西図書館)

浅田次郎さんの短編小説。浅田さんの小説は、私の年代にとって、たぶん安心して読めるものばかりです。はずれがない。浅田さんの様々な人生経験から生みだされる小説は、現在の大衆小説の旗手といってもよいのではないでしょうか?この本は、6編の短編小説が収録されています。
「夕映え天使」

『(あのう、住み込みで雇っていただけませんか)
いったいどういう了見なのか、一郎と父親は顔を見合わせたものだ。
悪い時代ならともかく、まだ四十ばかりの女がいきなりそんなことを言い出すのは、よほど切羽詰まった、よんどころない事情があるからにちがいなかった。
(あいにくだけど、手は足りているんだ)
と、一郎はすげなく断った。すると女は洗い物を始めた親父に向かって、もういちど懇願した。
(少しの間でいいんです。ご迷惑をおかけしませんから)』

さびれた商店街のラーメン屋にふらりと舞い込んだ女。その女は、また、ふらりと姿を消してしまいます。1年後、警察から身元不明者の確認の電話がある。何ともレトロな題名です。昔の日活の青春映画を思い起こさせるようです。おおかた、小説の内容は想像できると思います。たぶん、想像どおりの筋書きです。
「切符」
父母は、離婚して、それぞれ再婚した。ヒロシは、祖父と一緒に暮らしている。祖父の職業は、「シマツ屋」。「シマツ屋」って。ヒロシは、母が別れ際に手に握らせてくれた水道橋から吉祥寺までの切符を肌身離さずに携帯しています。その切符には、母が口紅で書いた電話番号が書いてある。でも、その「切符」のことは、祖父には話していない。そんな祖父とヒロシの下町での生活を描いた「切符」。
「特別な1日」
その日は、高橋正也が、38年勤務した会社を去る日でした。同期の若月は、今は、社長。その日、若月は、高橋に向かって、「どうして俺なんだよお」と叫ぶ。若月は、会社に残り、高橋は、帰宅して、妻と娘と「特別な1日」を迎えた。ほんとうの意味の「特別な1日」とは、

『「若月のやつ、きょうは会社に泊まりだそうだ」
泊まり、という言い方が適切かどうか、ほかに言いようがないのだから仕方あるまい。
「どうして俺なんだよ、って駄々をこねてやがった」
「あなたじゃなくてよかったわ」
「ああ、まったくだ。どうして俺なんだよ、って声を聞いたとき、背筋がひやりとしたよ」』

そのほか、退職前の警察官が旅行中に出会った指名手配犯。その男は、あと、1週間で時効を迎える。その男の経営する喫茶店の名前は、「琥珀」。「丘の上の白い家」は、たとえば太陽や月や星ぼしと同じ天然の風景でしかなかった。その家の娘と俺の友人は、悲惨な結末を迎える。「樹海の人」は、浅田さんが、自衛隊員のときのふしぎな体験を、
『では、なるたけ虚飾なく、過ぎにし青春のふしぎな体験をたどることにしよう。』
では、次回も、引き続き浅田次郎さんの「月島慕情」です。