「傍聞き(かたえぎき)」

傍聞き

「傍聞き(かたえぎき)」
長岡 弘樹
双葉社
2008年10月12日発行
1400円(神戸市立西図書館)

「迷い箱」「899」「「傍聞き」「迷走」の4つ短編が収録されています。長岡さんの小説は、初めて読みますが、「傍聞き」は、2008年日本推理作家協会賞短編部門の受賞作品です。
「迷い箱」の主人公は、設楽結子。更生保護施設の施設長です。結子は、刑務所から出所しても、行き場のない人たちに、住む場所と食事を提供して、社会復帰に向け、就職や生活の指導に取り組んでいます。この小説は、施設から出て、就職していく1人の男と結子の物語です。

『捨てなきゃならないと分かっていても、いざゴミ箱に入れるとなると、ついつい躊躇っちまう。そういう物ってけっこうあるだろ
 そんなときは、ゴミ箱とは別の箱を一つ用意して・・・これが迷い箱だな・・・その中に入れておくといいんだ。で、迷い箱の中身は、一日一回でいいから、眼に触れるようにする。そうして数日もたてば、捨てる決心がつくんだよ』

タイトルの「899」ってどういう意味でしょうか?

『「899ありだ。一名。マルアカ」
 899は「要救助者」を意味する。マルアカは「一歳未満の乳児」、つまり「赤ん坊」だ。それが室江市消防署の無線で使われる符牒だった。』

主人公は、諸上将吾司令補。心を寄せる新村初美の住む家に火の手が迫って、その家には、初美の子供「あいり」が残されています。「あいり」を救助するために、突入する諸上。しかし、その行く手には・・・?
主人公は、強行犯係主任の羽角啓子。娘と2人暮し。ドラマの設定によくあります。忙しくて帰りが遅くなる母親と娘の関係。そこに、啓子の近所で起こった窃盗事件が絡まってきます。「漏れ聞き効果」で犯人をあぶりしますが・・・?

『「菜月、あんた、漏れ聞き効果って知らないの?」
「何それ』
「知っているわけないか。だったら「傍聞き(かたえぎき)」なんて言葉も初耳よね。いい?例えば、何か一つ作り話があるとするじゃない」
「うん」
「それを相手から直接伝えられたら、本当かな、って疑っちゃうでしょう」
「そりゃね」
「だけど、同じ話を相手が他の誰かに喋っていて、自分はそのやりとりをそばで漏れ聞いたって場合だったらどう?ころっと信じちゃたりしない?」
「まあね」
「これが漏れ聞き効果なの。どうしても信じさせたい情報は、別の人に喋って、それを聞かせるのがコツ。』

主人公の消防士室伏光雄隊長は、救急車の隊長席から、車を「迷走」させる指示を出します。救急車のなかには、駅前で乗せた救急患者が1名うなっています。室伏隊長は、救急車の迷走をGPSで監視している消防本部の通信指令室からも追及されます。しかし、室伏隊長は、ことさらに済生会病院の駐車場付近でサイレンを大きくして、走ることを指示し、救急車に同乗している隊員は、不審に思いますが・・・・

『「垣沼救急本部より救急南1へ」
再び無線機が鳴った。室伏がマイクを取った。
「こちら救急南1。垣沼救急本部どうぞ。」
「室伏さんか?」
「ああ」
「あんたら、何うろうろしてんの?どこへいくつもりなの?」
済生会とか、その付近の住民から、苦情が来ているんだよ。サイレンがうるさいってね。どういうことか説明してよ。それから、駅前で拾った患者どうなったの?」
「もう一人、別の患者を発見した。いま、そちらの救助に向かっているところだ。」
「もう一人の患者?そんな通報は、こっちじゃ受けていないぞ。室伏さん、あんたいったい何度マニュアルを無視すりゃ気が済むんだ?また懲戒処分をうけることにな・・・」』

小説の主人公は、更生保護施設の施設長、消防士、警察官、救命士と犯罪、火事、救急と、世の中で起こる事件、事故と関係しています。ミステリーグランプリの小説ですが、いわゆるミステリーやサスペンスとは、違って、どちらかというと家庭小説のような温かさが感じられます。結末が見えないという意味では、サスペンスかもしれませんが?