「私という運命について」

私という運命について

私という運命について
 白石 一文
 角川文庫
 平成20年9月25日発行
 705円

最初から余談ですが、7月号文芸春秋の巻頭論文「(一学究の救国論)日本国民に告ぐ」(藤原正彦)は、一読の価値があると思います。と言うよりは、日本国民の多くの方に読んでいただきたいと思います。やや、内容が右寄りかもしれませんが、「日本国民」が誇りを取り戻すための具体的な道筋を提案されています。もちろん、様々な思想の方がおられることは承知の上で、こういった考え方もあるのだな、という程度です。藤原正彦さんは、ベストセラーとなった「国家の品格」の著者です。ちょっと、気に入らないのは、論文の表題が、ナポレオン占領下のドイツの哲学者フイヒテの「ドイツ国民に告ぐ」を模倣しているのは、如何なものでしょうか?著作に品格に関わると思いますが・・・。
さて、本題のこの小説ですが、冬木亜紀は、大手電設メーカーに勤務するキャリアウーマン。29歳の時に、別れた恋人の結婚式の招待状に戸惑いを覚えながら、出席することを躊躇している亜紀から始まります。この小説の特色は、5通の手紙が主役であることです。40歳まで、亜紀に関わる人たちからの手紙。

『思えば、康との恋は平凡な恋だった。二十五歳の自分はいまよりずっと溌剌としていたし、二十八歳の康はきっといまよりずっと子供じみていたのだろう。同じ部署で知り合い、康の九カ月間のアメリカ研修期間を含めて二年間交際した。康がアメリカから戻ってしばらくして亜紀の方から別れを告げた。
 もうあれから二年なのだ、と亜紀は思う。自分は二十九歳。康は三十二歳になっている。』

最初の手紙は、康の母親の佐藤佐智子からのものです。この手紙は、亜紀と康が別れた後に、送られてきました。佐智子は、亜紀と康の結婚をつよく望んでいました。その佐智子が出席する康の結婚式に出席などできるわけもありません。実は、この佐智子の手紙の中に、この小説の最初から終わりまでを貫くキーワードが書かれています。

『亜紀さん、どうか目を覚ましてください。
 もう一度、自分自身のほんとうの心の声に耳を傾けてください。
 私も、若い頃に好きな人がいました。その人のことを忘れられぬままに現在の主人と一緒になったのです。でも、私のその選択は間違いではなかった。好きな人と結婚する未来はどこにもなかったのです。主人との結婚を選んだ、私の選択こそが私の運命でした。女性はそうやって運命を紡ぎながら生きていくのです。世界中の女性が一つ一つの決定的な運命に自らの身を委ね、この世界の全部を創り出していく。私たち女性はそのことに誇りと自信を持たなくてはなりません。』

あと4通の手紙は、亜紀の友人である澤井明日香から亜紀へ、亜紀の弟の嫁冬木沙織から弟冬木雅人へ、そして、亜紀から康へ、康から亜紀へ。それぞれの手紙が、亜紀の「揺れる10年」の人生を描きだし、亜紀自身が、亜紀を照らす「運命の松明」という不可思議な光のなかで揺れているのです。
白石一文さんは、「ほかならぬ人へ」で2010年直木賞を受賞しました。これまでに、読んだことがない作家だったので、この機会にと思ってこの作品を読んでみましたが、一言でいえば「理屈っぽい」小説です。そのため、理屈が小説の流れをしばしば止めてしまっているのが残念です。歴史時代小説家の白石一郎さんとは、親子であり、親子二代にわたる直木賞の受賞作家ということです。