「下駄を鳴らして」

下駄

下駄を履いて歩くと、自然に、私が大学生の頃にヒットした「ああ 我が良き友よ」を口ずさんでしまいます。

『下駄をならして奴がくる♪ 腰に手ぬぐいぶら下げて♪
学生服にしみこんだ♪ 男の臭いがやってくる♪
アー夢よ♪ よき友よ♪ おまえ今ごろどの空の下で♪
俺とおんなじあの星みつめて何想う♪ 歌:かまやつひろし 作詞、作曲:吉田拓郎

梅雨が明けてからのいきなりの猛暑。ちょっと、出かけるときの足元の涼を求めて、近頃、下駄を愛用しています。我が家のシューズボックスを覗いてみると、30年前に購入した新品の「桐の下駄」を見つけました。「おう、これこれ!」高校時代は、夏は、下駄履きと相場が決まっていましたので、早速、履いてみますが、どうにも、鼻緒がきつい。30年も、シューズボックスの隅に追いやられて、下駄の鼻緒がきつく締まっていました。そこで、鼻緒を緩めようとしますが、なかなか、思うようにならずに、やや、きつい状態ですが、「ままよ、そのうち慣れるでしょう。」
そもそも、日本人の履物と言えば、明治以前は、草鞋、草履、雪駄、下駄であり、下駄は江戸時代から普及したようです。現代は、下駄を履いて出かけるのは、若い女性が浴衣を着て、花火大会に出かけるときぐらいでしょうか?男性が、下駄履きというのは、見かけなくなりました。男性の場合は、浴衣姿でも雪駄の方が主流のようです。いずれにしても、年に1、2回のお出ましだと思います。と、思っていたら、先日、初老の紳士が、ポロシャツに短パン、そして足下は、下駄履きという出で立ちで西神駅前を闊歩していました。「やあ、やあ、ご同輩」と声をかけたくなるような心持ちです。
突然、思い出しましたが、確か、広島県福山市に松永という町がありますが、ここに「日本はきもの博物館」があります。尾道に単身赴任していたときに、細君と子供を連れて訪れたことがあります。何故、そんなところを知っているのか?鞆の浦仙酔島に海水浴に行って尾道に戻る途中、偶然、見つけて立ち寄ったのだと記憶しています。松永に博物館がある理由は、松永下駄が、日本の下駄の6割のシェアを誇ることに由来しているのでしょう。下駄といえば「桐」材ですが、松永下駄は、「桐」よりも安価な雑木が使われていたそうです。そのため、安価な松永下駄が売れ筋になったようです。ところが、最近は、これも時代の趨勢で中国産に押されて、松永下駄も苦戦しているようです。
インターネットで見つけた「松永下駄工房」というお店を覗くと、様々な種類の下駄があります。1万円を超える高価なものから3千円程度のリーズナブルなものまで。とくに、普段履きの「右近下駄」と呼ばれるものは底にウレタンが張っているので、サンダル替わりにいいかも。しかし、ウレタン張りだと下駄はなりません。下駄は、カランコロンとならして歩くのが下駄の真骨頂でしょう。ちょっと、ご近所迷惑ですが。そして、鼻緒を「つっかけるように」、「かかとを、やや出して」履くのが、粋でいなせな履き方だそうです。
そう、そう、下駄の効用は、涼しいだけではありません。鼻緒が足の親指と人差し指の行間(こうかん)というツボを刺激して疲労回復などに効果があるそうです。私の履いているのは「柾(まさ)下駄」といわれる歯(はま)のあるものですが、姿勢がのびて肩こりにも効果がありそうです。ここまで、お薦めすれば、きっと、あなたも明日から日本の履き物「下駄」の愛好家になるでしょう。そうすれば、西神駅前では、カランコロンが響き合うことになります。