「ハッピー・リタイアメント」

tetu-eng2010-11-07

「ハッピー・リタイアメント」
浅田 次郎
幻冬舎
2009年12月10日第二刷発行
1575円

今年、浅田次郎さんの小説は3冊目です。1月に「夕映え天使」(2008発行)「月島慕情」(2009発行)の2冊を読んだのが、つい最近と言う感じですが、もう、今年も11月ですからビックリです。私も、そろそろ「ハッピー・リタイアメント」を迎えたい頃合いなので、うさぎ年の来年には「ぴょん」と跳ねたいものです。1月に読んだ2冊は、浅田さんの真骨頂の人情味のある小説でしたが、この小説は、ちょっと、風刺とアイロニーとペーソスをミックスして、ソーダーで割ったような作品です。結論からいえば、「面白かった」ということです。映画化、テレビドラマ化すれば、ヒット間違いなしだと思います。監督は、三谷幸喜さんがいいでしょう。

『樋口慎太郎は手帳を開いた。
 四月一日。火曜。友引。ゴマ粒のような小さな、自分でもウンザリするくらい几帳面な字で、「JAMS初出勤」と書かれている。
 ページを繰り戻せば新年の御用始めから年度末までの三か月間は、その小さな字でみっしりと、しかも長年の習慣により五色のボールペンで埋められていた。
 もちろん、明日からの予定はきれいさっぱり空白である。四月一日の火曜で友引であることはまちがいないが、ともかくエイプリル・フールではないらしい。』

樋口慎太郎。財務省ノンキャリア。55歳で肩をたたかれ、「全国中小企業振興会(JAMS)」への再就職することとなった。

『大友勉は地下鉄大手町駅の改札を出たとたん、書類の指示通りに国鉄神田駅を利用しなかったことを反省した。
 もとい。「東京メトロ大手町駅の改札を出たとたん、「JR」神田駅で降りなかったことを反省した。
 右も左もわからん。三十七年間に及ぶ陸上自衛隊勤務の経験により、地図の判読には大きな自信があるのだが、東京都心の地下街はいささか勝手がちがった。』

大友勉。陸上自衛隊第二師団司令部付という「定年待ち」のポストから、55歳で肩をたたかれ、「全国中小企業振興会(JAMS)」への再就職することとなった。
四月一日に、二人は、JAMS神田分室の整理部に初出勤。そこで、庶務係の立花葵から、神田分室の業務概要について説明を受けます。ところが、二人には、彼女の説明が理解できません。

『ここまで言ってもまだ解らないのだろうか。二人のおっさんは狐につままれでもしたように。キョトンとしている。
「えーと、困っちゃいましたね。整理部と資料室の定員は、部長兼室長の非常勤担当理事一名と、秘書兼庶務係の私を除いて十名です。毎年二名ないし三名の定年退職者があり、同数の新規職員を採用しています。要するに六十歳の定年まで、ここでお茶を飲んだり本を読んだりしていればいいってわけ。ここまで言えばわかりますよね。」
 二人のおやじは白髪とハゲの頭を同じ方向にかしげて、じっと腕組みをした。
「ぜんぜんわからん」
異口同音にそう言った。』

ここから、「慎ちゃん」「勉ちゃん」「あおい」三人のお仕事が始まります。どんなお仕事か?は、この小説を読んでからのお楽しみですが、最後には、どんでん返しが用意されています。最初の小説評に、もうちょっと付け加えると、日本型雇用制度への風刺、公務員の天下りに対する痛烈なアイロニー、三人の強かさと人生のペーソス。楽しめますよ。