「虚無のオペラ」

tetu-eng2011-02-20

「虚無のオペラ」
小池 真理子
文春文庫
2006年1月10日第1刷
570円

行きつけの「小料理屋」が店仕舞いをし、また、行きつけの「スナック」が、客足が遠のいたことにより、営業不振に陥り、店仕舞いに追い込まれようとしています。三宮の夜の街の現状は、山手線(東急ハンズの前の通り)を境にして、海側の阪急までの間と、山側の北野通り、東門筋あたりで、様相が全く違ってきています。かっては、山側の東門筋は、神戸三宮の夜の繁華街の中心でしたが、今は、寂れる一方です。その原因は、長引く景気の低迷による給与所得の減額により、遊びに消費する余裕が無くなってきたこと、飲み放題の居酒屋が多くなり、そちらに客足が向いていること、そして、大規模なカラオケ店により安価でカラオケが楽しめるようになったこと、ではないでしょうか?そのため、古い営業形態の「小料理屋」や「スナック」は、夜の市場から退場せざるを得なくなっているのです。

米原のあたりは烈しい雪だったが、京都に近づくにつれて、いくらか小降りになってきた。
 車窓の向こうには雪雲が重く垂れこめ、あたりを墨絵の世界に変えている。雪の日特有の仄白さがあって、風景それ自体が奇妙に静まりかえって見える。
 白く染めあげられた家々の屋根瓦を遠くに眺めつつ、結子は腕時計を覗いた。
 三時少し前。定刻の到着である。』

小池真理子さんの恋愛小説。巻末の解説が、同じく恋愛小説家の高樹のぶ子さんです。小池さん、高樹さんは、お二人とも恋愛文学の第一人者と言われています。小池さんは、藤田宜永さんの奥さん。藤田さんは、中年男女の恋愛小説を得意としています。御夫婦で直木賞作家。ちなみに、小池さんが「恋」(1996年)、藤田さんが「愛の領分」(2001年)での受賞です。
結子は、ちょっと変わった職業。有名画家のヌードモデル。結子の恋人正臣は、盲目の奥さんと一人娘がいるピアニスト。二人は、いわゆる「不倫」の関係です。京都への旅行は、この「不倫」を終わりにするためのものでした。小説は、京都市左京区の北のはずれ「花背」の里にある小さな旅館が舞台です。そこで、二人は、四日間の決別の時を過ごします。

『四日間を心ゆくまで味わって、静かに別れる・・・。初めは名案だと、思っていた。四日も一緒に過ごせれば、気持はきれいに浄められ、訣別を受け入れることができるだろう、と考えた。
 丸四日もよ、うんざりするほど一緒にいられるのよ、と結子は半ば浮き浮きしながら正臣に語った。まるで楽しい小旅行の計画を練っているかのようだった。「そうすれば、きっと心から納得して最後を迎えられる。ね?そうしようよ」』

「虚無のオペラ」の意味を考えると、不可解です。「虚無」とは、むなしく何もないことです。恋愛には、様々な形があるでしょうが、「不倫」は、「虚無」です。しかし、『「虚無」こそ人間の条件である。』三木清は、そう言っています。ただし、「不倫」が人間の条件ということではありません。そこは、間違わないでほしい。この小説は、「不倫」を、男と女の透明な性愛と描いていますが、しかし、その性愛から、主人公たちは、自ら訣別することを選択しました。やはり、「不倫」は、身勝手な恋愛なのです。その訣別の場所が、雪の京都「花背」。その白い世界が、身勝手な恋愛を透明にしています。作者は、何故、「花背」という場所を舞台に選んだのか?この小説を読んで、鞍馬より、さらに北の「花背」を、一度、訪ねてみたくなったのは、何故でしょうか?