「ありふれた魔法」

tetu-eng2011-03-13

「ありふれた魔法」
盛田 隆二
光文社
2006年9月25日初版発行
1600円(神戸市立西図書館)

NZの地震の衝撃が冷めやらぬ間に、日本で最大級の地震が発生しました。3月11日(金)。1月17日(火)と同じ記憶に残る日となります。私は、会議中でした。書類を読んでいて、何だか、目眩がするような感じがして、「あっ、貧血かな?」と思ったら、ビルが揺れていました。ブラインドが、激しく揺れて、ぶつかり合っています。神戸の三宮で、こんな様子だったので、岩手、宮城など震源地に近い地域は、大変な衝撃であったであろうと想像できます。今でも、余震が続いているようですが、1日も早く、平穏な生活に戻れることを祈っています。

『同じせりふ 同じ時 思わず口にするような
 ありふれたこの魔法で 作り上げたよ
 スピッツの「ロビンソン」の歌詞の一部』

『茜はなにか言葉を探すように窓のほうに目をやり、ふたたび智之に向き直った。
「次長、ダンスインザダークという馬の話をしましたが、覚えていますか」
「うん、たしかに印象的な名前だな。黄昏のダンス」
「ダークって、秘密のって意味もあるんです。秘密のダンス」
茜はそう言ってシートから腰を上げた。
新幹線がホームにすべりこんだ。茜は山手線に、智之は丸ノ内線に乗り換える。分岐点まで来て、ふたりで軽く握手をかわした。あったかい、と茜がつぶやいた。智之はあわてて手を離した。
「次長、わたし、重荷にならないように気をつけますので、明日からもよろしくお願いします。」
 茜は一礼して、去っていった。
 でも、いいじゃない。人間、恋をしなくなったら、終わりよ。女将の言葉を思い出し、智之はしばらくその場に立ちつくしていたが、彼女は一度も振り返らなかった。』

秋野智之、42歳。城南銀行五反田支店次長。森村茜、24歳。同支店渉外課。茜は、総合職採用で、FC業務を担当しており、秋野次長の直属の部下です。FC(フィナンシャルコンサルタント)業務とは、一定額以上の資産を保有する富裕層に対して、資産運用サービスや税務コンサルテイング、不動産管理など、総合的なサービスを提供する業務です。ある時、茜の顧客への謝罪のため、秋野は茜に同行して、箱根に出かけることとなりました。その帰り道、智之は、茜に対して、部下以上の感情を抱くのでした。

『「飲みすぎたかな。もうやめよう」
智之は上着に腕を通し、煙草とライターをポケットにしまった。
「今日はありがとうございました。次長に相談してホッとしましたし、とても楽しかったです」
茜のあらたまった口調に、智之は目尻だけで笑った。
「楽しかった?じゃ、酔った勢いで言うけど、今度またデートしてくれるかな」
「デート、ですか?」
「いや」と智之はあわてて言った。「ちょっと言葉の使用方法が不適切だったな」
「いいえ、うれしいです、次長。それじゃ、月曜日に先方に話していただいて、火曜日に一日様子を見て、早帰りの水曜日に報告を兼ねてデートしましょう。それでよろしいですか」
「そうだね、そうすることにしよう」
智之はうなずき、席を立った。あくまでも冷静な茜がうらめしかった。』

この小説は、不倫恋愛小説では、ありません。智之の茜に対する感情は、もちろん、「恋」ですが、とても、プラトニックなもので、いわば、中年のプラトニックな「恋のメロデー」です。それだけに、ちょっと、ドキドキと危うさも漂いますが、この「恋メロデー」の結末はどうなるでしょうか?盛田さんは、リアリズムの名手として評価が高いと解説されています。ちょっと、甘酸っぱいストーリーのとても読みやすい小説でした。