「神様からひと言」

tetu-eng2011-03-27

「神様からひと言」
萩原 浩
光文社文庫
2005年3月20日初版1刷発行
2008年8月20日25刷発行
720円

佐倉涼平は、大手広告代理店を辞めて「珠川食品」に再就職しました。「広告宣伝のスペシャリストを求む」という求人広告をみて応募して、首尾よく採用となりました。従業員730人。国内に工場が四つ。研究所が二つ。アジアだけだが海外にもいくつか拠点がある。大手とは言えないが食品会社としてはそれなりの規模。食品会社であれば、不況にも強く、食いっぱぐれはないだろう、そのくらいの軽い気持ちでした。ところが、この会社が、とんでもない会社でした。もっとも、現実的には、あり得ないようなことばかりですが、ただし、誇張されていると言えますが、社会へのアイロニーたっぷり。

『商品開発部長の秋津が、重そうな黒ぶち眼鏡をはずしたのが合図だった。
「えー、ただいまより新製品TF01LLの決裁会議を始めたいと思います。本日ご検討いただくのはネーミングに関してですが、えー、その前に商品プロフィールに二、三、変更がございます。えー、お配りした資料の四ページ目をご覧ください」』

小説は、新商品の販売促進会議の会議風景から始まりますが、種を明かせば、「新製品TF01LL」とは、新開発のカップラーメンのことです。この会議が、シッチャカ メッチャカ。佐倉涼平は、いきなり責任を取らされて、「総務部お客様相談室」への異動となります。涼平は、証券会社をリストラされた同期の高野に、異動に至る顛末の話をします。

『「だって、めちゃめちゃなんですよ。この会社の上の人間は。高野さんにも会議を見せてやりたかったな。ああいう場になれば誰だって同じことをしますよ、普通」
「しない。じっと我慢する。それが普通。お前の常識は世間の非常識」
・・・・・・
「嫌いなんですよ、肩書きだけで威張っているやつ」
「ぜえったい出世しないな、お前。上にしがみついて、下を蹴落とす。それが出世ってもんだ。上司にペコペコ、スリスリ。他人に厳しく、自分に甘く。そういう人間が出世するのよ」
「高野さんもそうするんですか」
「それができりゃ、リストラされてこんなとこにはいないって」
「なるほどね」
・・・・・・
「サラリーマンって何なんですかね」
「よくわかんねえけど、なんだか会社に人質とられているみたいな気分になる時はあるな」』

この会社では、お客様相談室は、リストラ要員の強制収容所と呼ばれていますが、涼平は、そこで、ハードクレイマーの苦情に耐えて、頑張ります。が、会社には、お客様相談室をフォローするシステムはありません。それでも、この会社の社訓は、「お客様の声は、神様のひと言」です。サラリーマンの会社人生は、欺瞞と矛盾に満ち溢れていますが、そこに、大切な真実が隠されています。この小説は、サラリーマンへの応援メッセージが一杯。ちょっと、笑えるシーンもあり、萩原浩さんのワールド全開です。

『「会社の序列なんて、たいした順番じゃないんだよ。一歩外に出たら、ころりと変わっちゃうかもしれない。でも、子供の時から一生懸命に競争して、ようやく手に入れた順番だからね、そこからこぼれ落ちたくないんだな」
 カウンターに置かれた新しい酒をひと口すすってから篠崎は首を振った。
「みんな、何が怖いんだろな・・・人のことは言えない。俺もだよ・・・俺は何が怖いんだろう」』