「砂冥宮」

tetu-eng2011-04-03

「砂冥宮」
内田 康夫
実業之日本社
2009年3月25日初版発行
1600円(神戸市立西図書館)

『<三浦の大崩壊(おおくずれ)を、魔所だという。>
 泉鏡花の「草迷宮」の冒頭はこうして始まる。鏡花の文章はおそろしく古めかしい美文調で読みにくいが、この部分はまだしも、現代人にも理解できる。
 浅見光彦は鏡花のファンというわけではないけれど、「草迷宮」のこの一節だけは妙に頭にこびりついている。学生時代に時折、遊んだ逗子や葉山の風景を彷彿させるせいかもしれない。もっとも、現在のその辺りはすっかりひらけてしまって、鏡花が「草迷宮」で描いてみせたような恐ろしげな情景を呼び覚まされることはない。』

テレビドラマでおなじみの「浅見光彦」シリーズです。初めて、読みました。結構、面白かったというのが正直な感想です。内田康夫、西村京太郎、山村美紗を、旅情ミステリーの御三家と言うそうです。実は、この御三家の小説を読んだことがありません。何故でしょうか?高校時代には、「シャーロック・ホームズ」を買い漁って、多分、シリーズ全巻を読んだことがあるので、ミステリーが、嫌いというわけではないと思いますが、これといった理由は解りません。
内田康夫さんの本の発行部数は、約1億冊を超えているそうです。御三家では、一体、どのくらいの発行部数なのでしょか?出版不況と言われていますが、この御三家で、出版界を下支えしているのでしょうか?確かに、朝、夕の通勤電車の中で、うとりうとりしながら読む本としては、最適かもしれません。そう言ってしまうのは、失礼かな。しかし、サラーリーマン読者に、絶対の人気があるのでしょう。何故、人気があるかというと、それは、多分、様々な地方で繰り広げられる事件をテーマにしているので、そのミステリーの内容というよりは、行ったことのない地方を旅している気分にさせられるからだと思います。そのために、作家は、地方の取材には、相当な労力をかけているのではないでしょうか?
この小説の舞台は、冒頭の三浦半島ではなく、金沢の近くの内灘町です。まったく、知らない地方ですが、実は、この地で、戦後の米軍基地反対運動のシンボルとなった「内灘闘争」という住民と政府との間の熾烈な戦いがあったそうです。これは、事実です。朝鮮戦争当時、この地に実弾の試射のための射撃場を設置したようですが、これに対する住民、支援団体による反対運動が1952年から57年の5年間、繰り広げられたそうです。
石川の安宅の関跡の殺人事件と砺波市庄川渓谷の殺人事件は、60年前の「内灘闘争」で繋がっていました。ルポライター浅見光彦が、例によって、そのミステリーのなぞ解きをします。そうそう、もう一つ、驚いたのは、「浅見光彦倶楽部」という内田康夫さんの作ったファンクラブがあるそうです。年4回「浅見ジャーナル」という会報の発行、軽井沢にある「浅見光彦倶楽部クラブハウス」でのイベントなどを通じて、浅見光彦ファンの交流を図っているようです。

『(いつものとおり、光彦が事件に興味を持ったときの刑事とのやりとり)
「雑誌の取材というと、浅見さんはマスコミ関係の人ですか?」
「フリーのルポライターをやっています」
「なるほど。つまり、今回も事件の取材に見えたというわけですか。それやったら。取材はお断りしますよ」
「いえ、こちらは取材に来たのではありません。ルポライターと言っても、事件物は扱っていませんので。そうではなく、純粋に事件捜査に興味を抱いているのです」
「あんたねえ、興味本位で事件に首を突っ込んでもらっては困るんですよ」
思わず言葉がきつくなった。
「いや、興味というと語弊がありますが、好奇心をそそられたと言い直します」
「そっちのほうがなお悪いでしょう」』