「日輪の遺産」

tetu-eng2011-10-23

日輪の遺産
浅田 次郎
講談社文庫
1997年7月15日第1刷発行
2011年7月22日第47刷発行
790円

金曜日、何時ものようにふらりふらりと、スナック「A奈」に立ち寄る。すぐに、元高校球児の先輩Tさんが、岡山のYさんと連れだってやってきた。「お二人とも、お久しぶりです」「やあ」との挨拶で、ビールで乾杯。NHKニュースを見ながら、あれやこれやと社会評論。とりとめのない話で、ペチャクチャ。ドアは、開けっ放しにして、外からの風を愉しむ。ママが、「スナックで、テレビを見ないでよ」と、「いいじゃないか」と肩すかし。やがて、東京に単身赴任しているKさんが、「お久しぶり」と入店。早速、カラオケを始める。「やっと、スナックらしくなった」とママご機嫌。やおら、SくんとJちゃんが、雨に濡れてご出勤。こちらで、唄い、あちらでペチャクチャ。すると、最近、よく顔を見るMさんが、「混んでるね」とドアから覗く。「空いてるよ」。久しぶりに、スナックらしくなった「A奈」でした。
歴史ミステリー「日輪の遺産」。昭和20年8月15日を迎える直前のことである。近衛師団参謀真柴少佐と東部軍小泉主計中尉は、市ヶ谷の陸軍省陸軍大臣室に出頭。そこには、5人の将軍が待ち構えていた。5人とは、阿南陸軍大臣、田中東部軍司令官、梅津参謀総長、森近衛師団長そして軍の長老杉山元帥である。

『「畏れ多くも、大元帥陛下におかせられては」
「昨日の御前会議において、ポツダム宣言受託の御意志を申し述べられた。誠に恐懼に耐えざるところである。陛下の御決意は政府の意志として、すでにスウェーデン、スイスの両中立国を通じ、連合国側に対して打電した」
「むろん陸軍としては、国体の護持と皇室の御安泰を敵側が確約せぬ限り、矛を収むることはできぬ。」』

真柴少佐と小泉中尉は、5人の将軍から特別な任務を命じられます。その特別な任務とは、戦後、日本の復興のための資金をある場所に隠匿して、かつ、戦後の必要な時期まで管理することでした。ただし、この任務は極秘のため、資金の受け渡し、運搬方法、運搬場所などの命令書は、計画の全容が露呈しないように、断片的にしか出されません。小説は、8月11日に35名の女学生が使役に動員されるシーンから始まります。

『大きな軍用トラックが一台とまっており、見るだにおそろしげなひげづらの曹長が幌を張り直していた。
「自分は、東部軍経理部の小泉中尉です。これから軍命令により、みなさんに臨時の使役に出ていただきます。急な話で恐縮だが、本土決戦のためたいへん重要な物資の集積作業ですので、ひとつよろしくお願いいたします。」
 中尉はまったく軍人らしくない柔らかな口調でそう言った。』

このあと、小説は、有馬記念競走の開催される中山競馬場にシーンが展開します。そこで、丹羽明人と真柴老人が出会い、丹羽は、真柴老人から、一冊の古ぼけた手帳を預かります。この手帳に記録された驚くべき出来事に沿って、昭和二十年と現代との場面を、交互に展開しながら終章まで読者を飽きさせることはありません。歴史ミステリーと紹介しましたが、昭和二十年という日本の近代史の大きな転換期を題材として、そこに埋蔵金ミステリーを絡ませた傑作でした。この小説の作法が、浅田次郎の真骨頂です。