「ヤッさん」

tetu-eng2012-03-25

「ヤッさん」
原 宏一
双葉社
2009年11月1日発行
1,500円+税(神戸市立西図書館)

『段ボールに寝ていたら、いきなり蹴飛ばされた。
 わっ、ホームレス狩りかっ、と飛び起きると、どすの利いた声でどやしつけられた。
「若えくせして段ボールなんかでぼやぼや寝てんじゃねえっ!段ボールなんてホームレスにとっちゃ堕落なんだっ!」
 ぼんやりした目で見上げると、朝靄の中に角刈りのおやじが仁王立ちしていた。初夏とはいえまだ肌寒い早朝だというのに、筋肉質の体を誇示するように白い半袖のTシャツを着て、こっちを睨みつけている。顔つきからして五十はいっていそうだが、その歳にしてはやけにいい体をしている。
 早々に退散したほうがよさそうだ。』

 この時が、タカオとヤッさんの初めての出会いでした。タカオは、大学出て、一時、IT系の会社に就職しましたが、1年で、会社に馴染めずに、派遣やアルバイトなどで生活を維持していました。そのうち、立ちゆかなくなり、アパートを追い出され、ネットカフェ等に寝泊まりしていましたが、所持金はなくなり、流れ流れて銀座のホームレスになっていました。そこに現れたのが、ホームレスの大先輩のヤッさんです。ヤッさんは、とても、普通のホームレスにはみえないサッパリとした出で立ちです。ただし、銀座を中心とした数寄屋橋公園などで、寝泊まりしている立派なホームレスなのです。

『「ホームレスってのは都会の恩恵を受けて生きてんだ。都会っていう恵まれた環境に生かしてもらってんだ。その幸せに感謝の心ってもんを持たなきゃいけねえだろが。だから毎日きちんと身づくろいして、すくなくとも堅気の方々に不快感を与えるようなことがあっちゃならねんだ。わかったかっ。』

 これが、ヤッさんのホームレスの矜持です。「矜持」とは、プライドのこと。ヤッさんは、タダものではありません。ホームレスですが、築地の市場の仲買人と都内のレストランなどを結ぶフードコデネイターだったのです。そのため、食べる物には事欠かず。タカオは、ヤッさんに弟子入りして、都内を走り回ります。この小説は、兎に角、食べもののことが満載。「美味しんぼ」みたいです。う〜ん、そのこと以外には、小説としての読みごたえは、どうかな?フードコデネイターを題材として、主人公をホームレスに仕立てる設定には、ちょいと、無理があるように思います。小説としては、星2つかな。ただし、築地市場の移転問題をテーマにした『築地の乱』の編では、へえ、そうなんだ。

『鉄道時代につくられた築地市場にも限界がきている。かつては小さな個人店でやっていけた仲買店も、やっていけない時代になってきている。
 だったらこの際、移転を考えたっていいじゃないか。その場所がたまたま豊洲だったわけで、土壌処理が必要だったら処理すればいい。この築地の地下にだって危険物質が眠ってるんだ。築地の人間ならばだれでも知ってることだが、昭和29年に南太平洋のビキニ環礁被爆して運ばれてきた被爆鮪が二トン、地中わずか三メートルに埋められているんだ。市場の正門の脇にはその記念プレートだって掲げてある』

築地の豊洲移転は、東京オリンピックが招致できずに沙汰やみですが、どうなっているのでしょうか?被爆鮪。これは第五福竜丸事件の事実でした。