「メリーゴーランド」

tetu-eng2012-06-24

今週の1枚は、「カサブランカ(2)」です。

「メリーゴーランド」
 萩原 浩
 新潮社
 平成18年12月1日発行
 平成19年11月15日第9刷
 630円(税別)

萩原浩さんの小説は好きです。いつも、読了後に頭の上にぽっかりと大きな雲(クラウド)が漂います。そのクラウドの中には、何が入っているのでしょうか?それは判りません。ただ、なんとく、そのクラウドがふわふわと浮いているのです。「メリーゴーランド」もそうです。読了後の清涼感のある心地よさが萩原ワールドなのでしょう。

『「アテネ村再建対策室」
 第三セクター「ペガサスリゾート開発」は、駒谷市が建設したテーマパーク「アテネ村」の運営会社だ。プロジェクトチーム「アテネ村再建対策室」は、その中に置かれる新設のセクション。啓一に出向を打診してきた商工部長からは「市長直々に設置を決めた特命チームだ」と聞かされている。
 「期待しているよ」即答を迫るように何度も肩を叩かれているうちに、なぜ自分がそんな重要な部署のメンバーに選ばれたのか聞きそびれたまま承諾してしまった。』

 遠野啓一。九年前に生まれ故郷の駒谷に戻ってきました。東京の私大を出て、家電メーカーに勤めていましたが、残業と休日出勤とつきあい酒の毎日に疲れ果て、Uターンを決意し、駒谷市役所に再就職しています。今では、結婚もして、一男一女に恵まれて、田舎の駒谷でのんびりと生活していたのですが・・・。「アテネ村」。どこの自治体でも、バブルの頃、リゾート開発で巨額の税金を投入して造った箱ものです。バブルがはじけて、次々と、経営が破たんして、民間委託したり、閉鎖したり、そんな駒谷市の「アテネ村」も例外ではありませんでした。小説は、「アテネ村」に訪れたカップルの「アテネ村」での観光体験から始まります。まったく、コンセプトがどこにあるのか判らない施設の概要、従業員は、駒谷市のOBがほとんどのため、すべてがお役所仕事の延長。サービスのかけらもない。少し、誇大かとも思いますが、おおむね、当たらずも遠からず。そして、駒谷市役所のお気楽ムードへと、お話は進みます。

『多くを望まなければ、駒谷市役所には出世争いもない。学校の進級と何ら変わらない。中間管理職以上をめざしたい人間も、仕事で努力する必要はない。上司に取り入ることがいちばんの仕事になるからだ。
 朝、職場に来て茶をすすり、新聞をすみずみまで読み終えてしますと、夕方まで何もすることがないことに気づく。そんな日は、転職したことを後悔することもしばしばだった。
 とはいえ、朱に交われば、だ。いつしか啓一も駒谷産の五郎柿のようにすっかり赤くなった。』

 そんな啓一が、出向先の「ペガサスリゾート開発」で取り組む仕事は、「駒谷アテネ村 ゴールデンウィークスペシャルイベント」。まずは、「イベント企画会議」です。第三セクターの理事長、副理事長、理事、各部長の面々、皆さん、駒谷市役所からの天下りです。イベント会社からのプレゼンに対して、「あれはダメ、これはダメ」などと、まったく抱腹絶倒の事なかれ主義。これでは、とても、集客のためのイベントなんて、とても無理です。と、その時、啓一は商工部長から呼び出されました。

『「ゴールデンウィークスペシャルイベント」は君が担当するんだって?』
「しかし、理事たちは、どんな企画を出しても承諾してくれそうもありません。」
「承諾なんぞいらんよ。我々が株主だ。文句を言わせるな。好きにやりたまえ。」
 市役所に勤務して八年、ついぞ聞いたことのない言葉だった。商工部長は民間企業でも出世しそうな男だ。
「もはや役所もトップダウンの時代じゃない。若い人間が自己責任、自己決定で事を進めねば、な。ボトムアップでゴーゴーだよ」』

 この言葉に疑心暗鬼ながらも乗せられてしまった啓一は、ここから、スペシャルイベントに向けてまい進。さて、その結末は?