夏本番です。暑い、暑い。夏には、向日葵がよく似合います。
『何度確かめても、受け取った名刺には「渡来真緒(わたらいまお)」とある。
マナー違反であることはわかっていたが、僕は名刺に印刷された名前とテーブルの向こうの人物の顔を繰り返し見比べてしまった。
相手も目を丸くし、こちらをまっすぐに見つめ返してくる。その眼差しは、落ち葉が舞う公園でのちょっとした事件の際に見せたものと、そっくり同じだった。
やっぱり、真緒だ。あの渡来真緒だ。』
出会いは、突然です。僕、奥田浩介は、交通広告の代理店の営業マン。「真緒」は、営業先のランジェリー会社の広報担当者。まさか、中学時代の同級生。しかも、「あの真緒」と偶然に、しかも、営業先のテーブルで差し向かいながら、名刺交換をするなんて。といった、如何にも、ありそうでなさそうな、男だったら、そんな幻想を描きそうなシチュエーションから物語は始まります。もちろん、2人は、これをきっかけに、付き合い始めることとなります。ただし、この二人、少し変わった幼馴染なのです。
『朝の引き締まった空気の中、真緒は先ほど食べた焼鮭の匂いのげっぷをした。
「ごめん」
言葉とともに吐く息が白く凍る。
真緒の顔が赤く染まっているのは恥ずかしさのせいか、それともこの冷え込みのせいか。おそらく両方だろう。それに加えて、照れもある。彼女はコートの下に僕のセーターを着込んでいた。
つまりは、そういうことになった。
罪深き僕たちは井草八幡宮の境内を小さくなって突っ切り、善福寺池の畔に出た。空が広い。』
文庫本の帯には、「女子が男子に読んで欲しい恋愛小説NO1」との広告。出会いから、「つまりは、そういうことになった。」までは、確かに、恋愛小説です。ところが、少々、事情が込み入ってきます。いよいよ、二人は、結婚を決意しますが、真緒の両親は、・・・・・です。それは、真緒の生い立ちに原因があります。
『「奥田君は」お父さんがおもむろに口を開いた。「真緒のその、事情についてはどのくらい知っているのかな」
「里子だったことは十年以上前から知っています。その後養子縁組をしたこともです」
「そうか。ではそれ以前のことは?」
・・・・・
「全生活史健忘」
「はい?」
「全生活史健忘。いわゆる記憶喪失なんだよ、真緒は」
「あの、憶えていないとうのは、どこからどこまでのことですか?」
「生まれてから保護されるまで、だよ」』
保護されたとき、真緒は、推定年齢十三歳。小説は、恋愛小説からミステリー小説へ。駆け落ちして、二人での生活を始めますが、どうも腑に落ちない、不思議な出来事が起こります。ところが、ミステリー小説は、フィナーレを迎えるところで、ファンタジー小説へと変わっていきました。恋愛小説という宣伝文句のため、買うときには、ちょっと、恥ずかしいですが、読了後、「面白い小説を書くなあ。」これが、素直な感想です。