「カッコウの卵は誰のもの」

tetu-eng2012-11-25

「海が見える。海が見える。尾道の海が見える。」尾道は、12年前に単身赴任した思い出深い土地です。どこか、故郷の下関と似ています。


カッコウの卵は誰のもの」
東野 圭吾
光文社
2010年1月25日初版第一刷発行
1600円(税別)(神戸市立西図書館)

『「柚木さん、カッコウっていう鳥は、ほかの種類の鳥の巣に自分の卵を産むそうだ。モズとかホオジロとかのさ。そうして、雛を育てさせる。知ってるかい?」
「聞いたことがあります。托卵というやつですね」柚木は答えたが、鳥越克哉が何を言いたいのかはわからない。
「才能の遺伝ってのはさ。いわばカッコウの卵みたいなもんだと思う。本人の知らないうちに、こっそりと潜まされているわけだ。伸吾が人より体力があるのは、俺があいつの血にそういうカッコウの卵を置いたからなんだよ。それを本人がありがたがるかどうかはわからない」
 面白い考え方だと思い、柚木は頷いた。「それで?」
「でもさ、そのカッコウの卵は俺のものじゃない。伸吾のものだ。伸吾だけのものだ。ほかの誰のものでもない。柚木さん、あんたのものでもない」
 いいたいことがようやくわかった。柚木は黙り込んだ。』

 久しぶりの東野圭吾です。正直言って、小説の構成に技巧を弄し過ぎているようで、結末は、「なん〜だ」って感じです。スポーツ科学の研究者の柚木は、スポーツの成功者には、特殊な遺伝子の要素があると考えています。つまり、同じ努力をしても、オリンピックでメダルが取れるか取れないかは、その遺伝子に大きく左右されると言うことです。そこで登場するのが、二組の親子。一組は、父親は緋田宏昌。かってはアルペンスキーのオリンピック選手でした。娘の風美は、今、アルペンスキーのワールドカップの候補選手。もう一組は、父親の鳥越克哉は、有名な登山家。息子の伸吾は、本人の意に反して、クロスカントリーの有望なジュニア選手。この「本人の意に反している」ことが、小説では、悲劇の原因となります。

『「じつに興味深いと思いませんか。元オリンピック選手を父親に持つ一人の女性が、日本を代表するスキーヤーに成長しつつある。しかも彼女は、非常に珍しいスポーツ遺伝子の持ち主ときている。そうなれば当然、我々研究者としては知りたくなることがあります。その父親はどうなのか。どんな遺伝子のパターンを持っているのか。カエルの子はカエル   それを科学的に証明できるのではないか」
「馬鹿馬鹿しい」緋田は吐き捨てるようにいった。』

 柚木は、風見の父親の緋田に遺伝子検査を依頼しますが、どうしても、承諾してもらうことができません。その理由が、この小説の謎が謎を呼ぶというテーマとなっています。柚木は、研究者として、その謎に迫ろうとしますが、その過程で、不幸な事故が起こります。その事故が、さらに、謎を深めていくということです。さらに、前述の悲劇の原因が絡まってきます。もう、何が何だかわからないと思いますが、私も、読んでいる最中は、ストーリーが、あちらこちらに飛んで行ってしまうので、少し、戸惑いを感じました。でも、これが、東野流でしょうか?兎に角、超がつく売れっ子小説家ですから、粗製乱雑にならないように、丁寧なサスペンスを期待しています。