「横道世之介」

tetu-eng2013-04-29

横道世之介
 吉田修一 
 文春文庫
 2012年12月20日第2刷発行
 714円(税抜)

 私の机の上に読む予定の本が数冊。すべて読了するには、1月は必要でしょうか?でも、本が沢山あると、それだけで、何となく、「ほっこり」します。ベッドの横のスツールにも、本が積まれています。これは、本を読みながら寝るとき、本が横にあると、癒しになるのですネ。どうも、私は、本の「オタク」のようです。

 「横道世之介」この男、きっと、誰でも、好きにならずにいられない、そんな男です。久しぶりに、読了するのが、もったいなくて、故意にゆっくりと読みました。読み終わらせたくなかったのです。ずっと、世之介を見ていたかった。そんな気持ちにさせられました。

 世之介は、大学進学のため、長崎から上京してきた十八歳です。東京都東久留米市。家賃四万円風呂付かつ鉄筋コンクリート造りのワンルームマンション。

『世之介は不動産屋のオヤジに、「ここ、本当に東京ですよね?」と何度も何度も念を押した。
「自転車で十分も走ったら埼玉だけどね。」
 高い仲介料を取る上に、嫌味な不動産屋であった。
 西武新宿駅から準急電車は三十分ほどで花小金井駅に到着。駅前からバスに乗り、だたっ広い小金井街道を北上する。八つ目のバス停。ここで降りると一階にちゃんぽん屋が入った三階建てのマンションがある。この二階の一室が、世之介の東京生活スタートの場所である。
 いよいよ始まるのである。』

 ここで、私の四十数年前の思い出と重なります。大学進学のために、田舎から上京、世田谷区桜上水。家賃八千円。共同トイレ、風呂なし、共同炊事場(ガス設備なし)、鉄骨プレハブ2階建てのアパート。新宿駅から京王線で十五分、桜上水駅を降りて、混雑した上水道路を右手に折れて徒歩十分。線路わきの一階の一室が、私の東京生活のスタートの場所でした。

 武道館で入学式を行い、外堀沿いをキャンパスに行く、とすると世之介の大学は、たぶん法政大学でしょう。「早稲田も受けたけど落ちた。」吉田修一さんは、高校まで長崎県で過ごして上京、法政大学を卒業とのこと。世之介のモデルって、作者なのでは・・・?

 大学では、成り行きでサンバサークルに入部、バイトはホテルのルームサービス。夜勤が多いけれど時給千五百円。相場の倍です。世之介の周りには、愉快な友人に囲まれています。倉持くん、阿久津唯さん、実は、この二人が、大変なことになるのですが・・・?世之介がお熱を上げる片瀬千春さん。女には興味のない加藤くん。そして、運転手付きのセンチュリーで送り迎えの与謝野祥子ちゃん、彼女、世之介の一風変わった恋人です。

『「あのさ、祥子ちゃんのお父さんて、何やっている人なの?お金持ちなんでしょう?」
「父ですか・・・。ちょっと説明しづらいんですけど・・・」
「ヤバイ商売とか?」
「ヤバくはないですけど、残土処理業者って言って、東京湾を埋めるっていうか」
「よかった。東京湾に埋めるじゃなくて」
「ハー、ハハハッ」
 世之介の冗談に祥子が声を上げて笑う。大きめの口は笑うと魅力的だが笑い声がちょっと大き過ぎる。
「面白い?」
「ええ。東京湾に埋めるなんて、今夜、父にも話しますね」
「い、いいよ。話さなくて。それに大事な娘さんとデートしたなんて知られたら、それこそ東京湾に埋められそうだもん」
「ハー、ハハハッ」
「これも面白い?」
「世之介さんて面白い方ね」』

 こんなに面白い青春小説があったのです。是非、読んでみてください。この小説の続編は、残念ながら発行されません。その理由は、読んでいただければ、解ります。そのことが、この小説を、さらに面白くさせているのでしょう。