「民王(TAMIOU)」

tetu-eng2013-08-03

「民王(TAMIOU)」
 池井戸 潤
 文春文庫
 2013年6月10日第1刷
 2013年6月25日第2刷
 620円(税別)

 今、人気作家のひとり。テレビドラマの「半沢直樹」が、大ヒットだそうです。原作は、「オレたちバブル入行組」。2011年に「下町ロケット」で直木賞を受賞する前の作品だったと思います。銀行マンが主役の小説が多いのですが、この小説は、珍しく「痛快政治コメデイ」の帯文字。
 人格が入れ替わるというストーリーは、昔からありますね。僕たちに懐かしいのは、大林映画の「転校生」(尾美としのり小林聡美)。中学校の同級生の入れ替わり。児童文学の「あいつがおれでおれがあいつ」の映画化でした。最近では、テレビドラマの「パパとムスメの七日間」(舘ひろし新垣結衣)。タイトルのとおり、パパとムスメの入れ替わり。さて、この小説は、父親と息子の入れ替わりです。ところが、父親の武藤泰山は、総理大臣。息子の翔は、就活中の大学生。さあ、大変。非常事態です。

『「うるせえっ!」
 立ち上がった拍子にワイングラスが倒れ、床で派手に砕け散る音がした。
 その時、どこかから眠そうな声がした。
「武藤泰山君、ご着席ください」
 意識の底辺でひろがったその声はすぐに途絶え、翔の意識とともにーーー消えた。

 議場を埋めた議員たちの視線が一斉に翔に向けられていた。そのどの顔も驚いたような表情をして、口をぽかんと開けたままの者もいれば、目を瞬いている者もいる。
 「なんだよ、こりゃ・・・・・」
 思わず翔は呟き、強く頭を左右に振ってみた。俯いてぎゅっと目を瞑り、それからぱっと顔をあげてもう一度、見てみる。
 自分を見つめる無数の目の存在は変わらなかった。それだけじゃない。いま翔は、扇形に広がる議場の中央にいて、マイクの前に立ってこちらを睨み付けている男に気づいた。』

 入れ替わったのは、総理大臣だけではなく、野党第一党党首の蔵本と娘のエリカもです。これは新手のテロか?原因は、歯医者で埋め込まれたマイクロチップ。しかし、歯医者は、姿を消しています。誰の仕業か?犯人は、誰か?犯人捜査の間、この入れ替わりは、極秘事項です。予算委員会に、人格が息子の翔の総理泰山が答弁に四苦八苦。会社の就職面接で、人格が総理の泰山の翔は、ハチャメチャを演じる。やがて、翔の真っ直ぐな気持ちが、泰山の心を呼び覚ます。その昔、政治家を志していた時の自分を。

『「問題発言だぞ!」「謝れ!」
 間髪をいれず飛ばされたヤジに向かって、「うるさい!」と言い返した翔は、自分を見つめる面々を睨み返す。そして、
 「ここは予算委員会だろうが」
 翔は言った。「日本の国家予算を論じる場のはずだ。それなのに、さっきから黙って聞いていれば、予算のことはそっちのけでくだらねえ質問ばっかりじゃなえか。ふざけんな!」
 「暴言だ!」「取り消せ!」委員会に怒号が渦巻いた。』

 麻生副総理のナチス発言。肩を持つわけではないが、ナチスを正当化しようなんて誰が考えますか?日本の総理経験者ですよ。そんなこと解って、失言を上げへつらう。そんな光景が、もうすぐニュースで流れるでしょうが、さっさと、政策・経済の議論に明け暮れてほしいものです。この小説は、政治家に対する痛烈なアイロニーが溢れています。