「ようこそ、わが家へ」

tetu-eng2013-08-11

「ようこそ、わが家へ」
 池井戸 潤
 小学館文庫
 2013年7月10日初版第1刷
 695円(税別)

 先週に引き続き、池井戸さんの新刊の小説です。今、旬の作家で、僕も、ちょっと、凝っています。小説も、気に入った作品に出合うと、どうしても、数冊は、同じ作家の本を読みますね。最近では、重松清さん、萩原浩さんなどは、そうでしたが、まあ、3冊ぐらい読むと、違う作家も読みたくなりますよ。池井戸さんは、ちょうど、三冊目。感じたことは、池井戸小説は、ひょっとしたら、企業小説としての新しいスタイルになるかもしれません。
 この小説、家族小説のようなタイトルですが、内容は、企業小説であり、サスペンス小説でもあり、そして、タイトルから想像する家族小説でもあるという三つのジャンルを愉しめるお得感のある小説です。

『すぐ近くの階段を駆け上がってきた若い男が、人の列を無視して車内に入ろうとした。きゃっ、という声があがり、男の肩に突き当てられた浴衣姿の娘がよろめく。
 ひどい順番抜かしだ。
 いつもの倉田だったら、ただ眉を顰める程度で見過ごしたかも知れない。元来倉田は攻撃的な性格ではないし、どちらかというと見て見ぬフリをする臆病なタイプである。
 ところがこのときは違った。気づいたとき、倉田は割り込んできた男の胸に腕を突き出していたのだ。
 「順番を守りなさいよ!あぶないじゃないか!」』

 倉田太一は、ニュータウンの戸建てで、妻の桂子、大学生の息子健太、高校生の娘七菜の平和な家族4人暮らし。ところが、突然の恐怖が訪れました。この日の翌朝には、自宅の花壇が荒らされ、それから、子猫がポストに捨てられ、車が傷つけられ、タイヤがパンクされ、さらには、家の中で盗聴器が発見されるなどの事件が続発します。「名無しさん」から「善良なる小市民」へのストーカー行為です。これが、一つ目の事件。

『「あの、部長、ちょっとよろしいですか」
 摂子が一抱えもある資料を持ってきた。
「今月の在庫が合わないんです」
「いくら?」
「二千万円なんですが」
 倉田は目を丸くした。
「それはちょっと多いな」
 摂子が抱えてきた資料をデスクにおいて覗き込むと、在庫の実数と帳簿上の数が一致していないものが黄色のマーカーで塗られていた。
「ドリルか」
 帳簿に記載された明細を読んだ倉田は顔を上げて聞くと、摂子がこくりとうなずいた。』

 これが二つ目の事件。倉田は、青葉銀行から「ナカノ電子部品」に総務部長として出向している。五十一歳の時に、定年退職前に取引先のひとつに出向させられたということです。倉田は、この会社に馴染もうとしていたが、社長や営業部長と、今一つ上手くいきません。この在庫不足の原因を調べていくうちに、奇妙なカラクリに気づきます。棚卸損を計上すればそれでいいのですが、「社内での不正」は放置できません。

 小説は、二つの事件が、交互に進展します。主人公の倉田は、真面目で、大人しい性格の人物ですが、この二つの事件を通じて、家族そして部下とのコミュニケーションから勇気を与えられて、「ストーカーとの対決」、「不正との対決」を決意することになります。