「下町ロケット」

tetu-eng2014-03-02

下町ロケット
 池井戸 潤
 小学館文庫
 2013年12月26日発行
 720円(税別)

 東京都内の図書館の「アンネの日記」を棄損するという事件が発生しているそうです。「アンネの日記」は、日本でも、多くの人に読まれて、第二次世界大戦当時のナチスドイツの残虐な行為に憤りを感じたものです。そして、戦争と言う悲劇を深く反省したものです。思想的な背景をもった犯人かどうか、単なる愉快犯なのかどうか、今は、分かりません。ぼくは、犯罪自体は器物損壊という微罪かもしれませんが、犯行の対象が「アンネの日記」という戦争犯罪に対する20世紀を代表する象徴的な書物であることが、財産的な価値を大きく上回るものに対する棄損であることを深く憂慮します。日本で、このような事件が発生したことが、恥ずかしいことであり、これを機会に、マスコミは、このような恥ずべき行動を戒めるべく、もっと、大きく取り扱ってほしいものです。

 グッド・タイミング、先日、H2Aロケットの打ち上げが成功しましたとのニュース。「下町ロケット」。3年前の直木賞の受賞作で、間違いなく、池井戸潤さんの出世作でしょう。当時、面白そうだと思いながら、文庫本になったら、買って読もうって、文庫本になるのに3年もかかってしまいました。でも、漸く、読むことができました。気が長いですね。そして、いまや、池井戸潤は、「半沢直樹」が大ブレイクして、飛ぶ鳥を落とす勢いですネ。

 舞台は、東京の下町、大田区の町工場。佃航平は、宇宙開発機構の研究技術者から転身して、家業である佃製作所の経営を引き継ぎました。佃製作所は、汎用型の小型エンジンを主な営業製品とする売上100億円程度の中規模の町工場です。しかし、佃航平は、昔の夢があきらめきれずに、水素エンジンのバルブシステムの研究開発を手掛け、その分野で、特許も取得しました。ただし、そのバルブは、佃製作所では、転用の可能な技術ではありませんでした。でも、それは、ロケットエンジンにとっては必要なキーテクノロジーだったのです。

 あるとき、国産ロケットの開発を目指す巨大企業・帝国重工から佃製作所の所有する水素エンジのバルブの特許の譲渡交渉が持ち上がりました。帝国重工の開発する水素エンジンには、そのバルブは不可欠の部品だったのです。特許権を譲渡するか?特許使用契約とするか?それとも、バルブの部品供給をするか?佃製作所の経営難もあり、佃航平は、社長として、研究技術者として、悩みます。

『「お前ら、夢あるか」
 少し考え、三人に向かって佃はきいた。なにを言い出すのかと、ぽかんとした顔がこちらを見つめてくる。
 「オレにはある。自分が作ったエンジンで、ロケットを飛ばすことだ」
 反応があるまで、数秒の間が狭まった。「エンジン全体とまではいかないが、なんとかその夢に近づきたいと思う。今度のは、その第一歩だ」』
 「バルブシステムは、ロケットエンジンのキーテクノロジーのひとつなんだよ。もちろん、それを供給することとロケットを飛ばすことと同義ではないが、オレとしては絶対にやってみたい」』

 何年か前に、「1位じゃないとダメなんですか?」といった浅はかな政治家がいました。テクノロジーは1位を目指さなければ、発展はありえないのです。たとえ、その技術が、今は、転用できなくても、やがて、汎用技術となる時代がやってくるのです。ロケットを飛ばすのに100億円、200億円使うのが無駄と思うか。たとえ、失敗しても、先端技術のすそ野が広がることにより、技術の発展に寄与すると思うか。B/Cを考えることも必要ですが、ロマンとドリームも必要ですね。そして、その夢が、やがて、現実となるように研鑚することは、もっと、必要です。日本の中小企業よ、頑張ってください。池井戸潤さんのメッセージではないでしょうか。