「夏休み」

tetu-eng2014-03-16

「夏休み」
 中村 航
 河出文庫
 2006年6月20日発行
 490円(税別)

 漸く、すこし春めいてきました。と、そんな季節に「夏休み」とは、季節違いですね。タイトルが、「夏休み」なので、当然、お話の季節は「梅雨が明け、夏になった。」ときです。

『「・・・もしもし」
 舞子さんの声だった。返事をすると、舞子さんは細い声で、ああ、と言った。
「・・・突然すいません。今忙しいですか?」
 抑揚のない声で舞子さんはしゃべった。オフイスからの電話だということが雰囲気でわかった。遠い大陸からの電話のようにも聞こえた。
「大丈夫ですよ」と、僕は言った。
「実はね・・・」
 舞子さんが小さく息を吸いこむのがわかった。
「・・・直人くんが、帰ってこないの」
「直人くん」と、僕は言った。直人くんが吉田くんと結びつくのに、少し時間がかかった。
「昨日の夜から帰ってこなくてね、机の上にメモがあったの。「十日間ほど留守にします。必ず戻ります。心配しないでください」って」
「えーっ」僕は驚いて声を出した。「家出しちゃったってこと?」
「そうなのよー」舞子さんは細く語尾を伸ばした。
 僕は吉田くんの顔を思い浮かべた。週末になるとカメラを分解する吉田くん。義理の友達。家出。・・・・家出?』

 僕の奥さんユキの友達が舞子さん。舞子さんのだんなさんが吉田くん。それで、吉田くんは、義理の友達。って、そんな言葉がおもしろいですね。これ以外に、このお話には、ちょっと、ユニークな造語?が使われています。

 吉田くんが、リフレッシュ休暇と夏休みをくっつけて十六連休の休暇をとって、突然、舞子さんの前から姿を消したのです。こりゃ、事件かな?いやいや、そんな展開ではありません。僕と、ユキと、舞子さんとの三人で、これも夏休みを利用して、吉田くんを探す旅に出ることとしました。ただし、僕は、仕事の都合で、遅れて出発。ところが、そうこうしているうちに、吉田くんがひょっこりと帰ってきました。ユキと舞子さんは、吉田くん探しの旅に出て、吉田くんは帰ってくるとは、で、僕と、吉田くんは、ユキと、舞子さんを追いかけて旅に出ます。あーーー、ややっーころしいですね。先発のユキと舞子さんと落ち合う場所は、草津温泉

『湯畑に到着すると、そこにはちょっと感動的な光景があった。
 全体を俯瞰すると極楽のように見え、細部を観察すると地獄のようでもあった。
 湯温五十六度、pH値2.08。吉田くんは表示されたその数値に、しきりに感心していた。だって、2.08ですよ、類い希な殺菌力、と説明にあった。
 将軍御用汲み上げという看板があった。この湯を、桶と大八車で江戸まで運んだらしい。pH値2.08をたたき出す草津もすごいが、それを運ばせる将軍もすごい。
 足湯というものがあった。足だけを源泉につけるらしかった。
 僕らは靴を脱いで裸足になり、二人並んでそこに浸かった。吉田くんは目を閉じ、あああ、と声をあげた。僕も、ふう、と声を出した。』

 なんて暢気な男二人旅をしている場合ではありません。宿のフロントに一通の電報が届いていました。

『「サキニ カエル コトニシマシタ ヨシダケデ マッテマス ユキ マイコ」
「帰るぞ」隊長ふうに僕は言った。
「・・・はい」
「帰ったら土下座でもなんでもすりゃいいんだよ」
「わかりました」隊員ふうに吉田くんは言った。』

 さあ、物語は、いったいどうなるのでしょうか?とても、やさしくて、ほのぼのとした時間の流れる物語です。ぼくには、中村航さんという新しい発見です。