「ハルさん」

tetu-eng2014-09-14

「ハルさん」
藤野 恵美
創元推理文庫
2013年3月22日発行
720円(税別)

 奥さんに先立たれた男親一人、娘一人の物語。

 テレビドラマにもなった重松清さんの「とんび」の逆パターンですね。

『(おはよう、瑠璃子さん)
心の中で亡き妻に呼びかけると、ハルさんはしゃがんで手を合わせた。
ハルさんというのは彼のあだなで、本名は春日部晴彦という。だが、親しい人々は、彼のことを「ハルさん」と呼ぶ。この墓石の下に眠る彼の妻も、そう呼んでいた。
ハルさんは、線香に火をつけて、線香立てにそっとさした。
(瑠璃子さん・・・。今日はね、ふうちゃんの結婚式なんだよ)
ハルさんは目を閉じて、亡き妻、瑠璃子さんに話しかける。』

 ふうちゃんは、ハルさんと瑠璃子さんのひとり娘、春日部風里は大学を卒業したばかり。物語は、結婚式当日、ハルさんが、ふうちゃんの結婚を瑠璃子さんに報告する場面から始まります。
 
 そして、ふうちゃんの幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と成長に合わせてのエピソードで物語は綴られています。そして、ハルさんがふうちゃんのことで、悩んだり、迷ったりすると、必ず、瑠璃子さんのアドバイスの声が聞こえてくるのです。

『ハルさんは頭を抱えこんだ。そのまま作業台に突っ伏す。
すると、脳裏に声が響いた。
(ふうちゃんは、私たちの娘よ。そんなこと、するわけないじゃない!)
どんな困難も笑い飛ばすような、快活な声。
(その声は、瑠璃子さん・・・・?)
顔をあげると、瑠璃子さんが微笑みかけていた。
窓際の棚に飾られた、アンテイークの写真立ての中で。
(うん、そうだね。瑠璃子さんなら、そう言い切るだろうと思っていたよ)』

 
 藤野恵美さんは、児童文学の作家さんだそうです。児童文学の作家さんの小説は、やさしくて、ほのぼのとしていて、癒される気分になります。ぼくは、好きですね。
 
 ぼくは、女の子の子供がいないし、子育ては細君に任せきりだったので、子育てについては、まったくのダメなお父さんなので、ハルさんの子供に対する想いには、頭が下がります。もちろん、ぼくも、子供の事を、まったく考えなかった訳ではありませんが、何か、世間体などが先行していなかったか?と思うと、否定できない気になります。

 そして、ほんとうに子供を信じ切ることができたか?どこかに、子供に対する不安を抱いていなかったか?そんなことを考えると、ぼくは、言い切れるほどの自信はありません。すでに、子供は、就職して、独立していますが、親にとって子供は、いつまでたっても子供です。

 親と子供の関係を考えさせられる小説でした。そして、とても、心に安らぎを覚えた物語でした。
このジャンルの小説は、「とんび」もそうですが、通勤途上の電車の中で、涙ぐんでしまうし、鼻水が出てくるし、格好が悪いですが、最近、涙や鼻水が流れても対応できるように、ハンカチを手に持って読むようにしています。小説を読むにも、エチケットとマナーが肝要ですね。
 
 だいたい、ぼくは、泣き虫なのですね。