「東慶寺花だより」

tetu-eng2015-06-28

東慶寺花だより
井上 ひさし
文春文庫
2015年1月15日第4刷

最近、映画化された原作本です。

主演は、大泉洋。そういえば、「洋」さんが、男優も女優も大人気ですね。男優は、大泉洋、朝ドラにも出演していますね。女優は、吉田洋、とにかく、映画、ドラマ、バラエティー、CMなど、依頼があれば断らないそうです。どちらも、性格派のたたき上げの俳優さんですね。

東慶寺って、実在するの?鎌倉に、実在します。

『幕府が公認した女性救済の寺は二つだけで、ひとつは上州にある満徳寺です。満徳寺は縁切り寺で東慶寺は駆け込み寺です。縁切り寺というのはお寺さんが間に入って、別れたい奥さんを保護したりしながら縁を切らせる寺ですが、東慶寺は駆け込み寺。逃げ込むのに具合がいいように、いろんな装置ができていました。(巻末 特別収録 「東慶寺とは何だったのか」井上ひさし より。)』

もう、お亡くなりになりましたが、井上ひさしさんという作家はすごい人ですね。何が、すごいかというと、この小説を書くために、参考文献として七十数冊の本を参照したそうです。そのなかに、「日本婚姻法史論 高梨公之 有斐閣」という本がありました。高梨公之先生は、ぼくが学生時代に家族法民法の親族・相続編)の講義を受けた先生です。小柄な柔和な先生でした。今も、お顔が思い出されます。

この小説は、十五の短編連作の作品です。梅、桜などの十五の花の名前で章が別れています。だから、「花だより」。もちろん、東慶寺に駆け込む女性ごとに、それぞれの事情をモチーフにしています。それぞれの事情は、小説を読んでいただくとして、ぼくが、興味を引かれたのは、たぶん、この小説の脇役である鎌倉の名所案内です。

『鎌倉は、いわば大自然が造りあげた一個の巨大な城塞である。海に臨む猫の額よりも狭い平地を、三方から丘陵が取り囲んで城塞の代わりをしているわけだ。
出入口は七ヶ所、すなわち亀谷坂(かめがやつざか)、化粧坂(けわいざか)、巨福呂坂(こぶくろざか)、朝比奈坂(あさひなざか)、名越坂(なごえざか)、大仏坂(だいぶつざか)そして極楽寺坂(ごくらくじざか)の、七つの切通しに限られているから、たしかに鎌倉は、守るに易しく、攻め込むには難儀をきわめる一個の城塞であると云っていいだろう。』

ふむ、ふむ。さらに、つづく。

『この天然の城塞とでもいうべき丘陵が、まことに複雑怪奇に入り組んでいて、いたるところに襞(ひだ)のような谷を刻んでいる。これらの谷のことを地元では谷戸(やと)と呼ぶ。そしてこれらの谷戸にはきまって四角に暗く口を開けた洞穴があって、これがやぐらである。』

なるほど。さらに、つづく。

『やぐらの一つ一つが、鎌倉で一生を終えた身分の高い侍や坊さまたちのお墓である。土地が狭くて墓地を設けることができないので、そういうことになったらしい。その数は三千基とも四千基ともいわれるが、まだ正確に数えた者はいない。
ここまでを引っくるめて、改めて鎌倉とはと問うなら、ここは数千のやぐらに囲まれた墳墓の都でもある。』

最近、NHKの「ブラタモリ」で鎌倉を紹介していましたが、まさに、この谷戸・やぐらをタモリさんが、ブラっていましたね。それにしても、鎌倉を「墳墓の都」と締めくくるのが、井上ひさしさんならではですかね。