「すべて真夜中の恋人たち」

tetu-eng2016-02-07

「すべて真夜中の恋人たち」
川上 未映子
講談社文庫
2014年10月15日第1刷

いつものとおり、余談から始まります。

2月3日は、節分。我が家では、毎年、恒例行事として「豆まき」をしています。帰宅すると、お豆を入れた升が準備されており、その横に、鬼のお面がありました。鬼のお面を相棒にかぶせると、相棒は口と前足で遊んでいました。

「さあ、やるぞ」のかけ声で、まずは、玄関から(相棒も遊びをやめて、駆けつけます)、「鬼は外!福は内!」、こぼれ落ちたお豆は、相棒が、かけずり回って、食べています。次に、各部屋の窓を開けて、「鬼は外!福は内!」、最後に、ベランダに出て、「鬼は外!福は内!」

マンションでは、小さなお子さんが居る家庭もありますが、このかけ声は、聞こえてきません。少し、寂しい気持ちはします。それより、今は、「恵方巻」ですね。節分になると、「豆まき」はしないで、「恵方巻」を食べるという新しい風習に移っているのでしょうか?「豆」よりも「寿司」ですね。

川上未映子さんが、「乳と卵(ちちとらん)」で芥川賞を受賞したのは、2008年。8年前のことです。当時は、センセーショナルなタイトルで、世間を賑わしたものです。その後も、様々な文学賞を受賞されて、新しい文学のジャンルを切り開いているような活躍です。

「すべて真夜中の恋人たち」は、恋愛小説です。

恋愛小説ですが、どろどろした愛憎物語というのではなく、主人公のメンタリティを鋭く描いた小説です。主人公は、フリーで校正の仕事をしている冬子さん。一人暮らしで、出かけることもなく、もくもくと部屋で校正の仕事をしている。恋愛経験は、ほとんどなし。セックスは、高校時代に何となく。それ以後は、未経験。

『名前は入江冬子で、仕事はフリーランス校閲をしていて、三十四歳。十二月、この冬が来たら三十五歳になる。独り暮らし。ずっと同じアパートに住んでる。生まれたのは長野。長野の田舎のほう。谷のほう。1年に1度だけ、誕生日の真夜中に、散歩に出ることが楽しみ。でもそんな楽しみなんてきっと誰にも理解されないだろうし、誰かに話したこともない。ふだん話をするような友達もいない。自分について話せるのはそれしかない。』

あるとき、冬子は、三束さんにあいました。その出会いは、雑踏で、気分が悪くなった冬子に声をかけたのが、三束さんでした。三束さんは、物理の先生ということでした。最初は、メールのやりとり、やがて、喫茶店ではなしをするようになりますが、いつも同じ喫茶店で、同じ場所に座って、それ以上の関係にはなりません。

『「どうして空は青いのですか」とわたしはしばらくして三束さんにきいた。
「なんで、こんな青い感じに」
「波長の問題ですね」と三束さんはさっきとおなじように目のうえを手で囲い雲のほうをみたまま言った。
「波長の短いものほど散乱するんですね。青い光は短いから散乱しやすくて、だからあんなふうに空全体がおおきくみえるんですよ」
「はあ」とわたしは三束さんの横顔をみた。
「わからない」』

ロマンチックなはなしはしませんが、そこに、ほのかな気持ちの行き来を感じます。ひらがなが多いのも、そんな雰囲気を醸し出しているのかもしれません。