「海の見える理髪店」

「海の見える理髪店」
萩原 浩
2019年5月25日第1刷発行
集英社文庫

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「海の見える理髪店」、前回に引続き、2016年直木賞の受賞作品です。
荻原浩さんは、ぼくの好きな作家さんの一人です。彼の作品は、このブログでもいくつか紹介しています。直木賞の候補にも、何度もノミネートされて、まあ、やっとの受賞だったと思います。

この本は、「海の見える理髪店」ほか5編の短編小説が収録されています。どれも、秀逸の家族小説です。ぼくは、こういった小説が好みようです。収録されている「成人式」は、ちょうど、地下鉄の通勤時にクライマックスを迎えてしまい、またまた、目がうるうるしてきて、ぽたりと手の上に水滴が落ちてしまいました。こういうの(読むと解ると思いますが・・・・)弱いのです。

いつものように、話はコロリと変わりますが、最近、とくに多いニュース。幼児虐待と高齢者ドライバー事故。

幼児虐待は、実の親が「何故、わが子」を?というのは、共通の疑問だと思います。事件のたびに、児童相談所が記者会見をおこなって謝罪そして原因究明・再発防止などを説明していますが、根本は、なぜ、親が「そのような行為」を行ったかです。その原因は千差万別なのでしょう。したがって、やはり、社会全体として、未然防止機能を働かせるしかないのでしょうか。

高齢者ドライバー事故は、幼児虐待と違って、簡単でしょう。75歳(後期高齢者)は、免許を返上すれば行為者がいなくなるので、すべて解決です。たぶん、75歳ぐらいになると、車の購入費、維持費とタクシー利用代では、タクシーの方が安上がりでしょう。ぼくは、タクシーチケットの契約をして、タクシー利用に切り替えようと思います。でも、そのときに、たぶん、自分は大丈夫だから、もう少し、と思うのでしょうね。

話を元に戻して、「海の見える理髪店」・・・タイトルから少し優しい雰囲気の小説だと推測できます。

『その理髪店は海辺の小さな町にあった。駅からバスに乗り、山裾を縫って続く海岸通のいくつかめの停留所で降りて、進行方向へ数分歩くと、予約を入れた時に教えられたとおり、右手の山側に赤、青、白、三色の円柱看板が見えてくる。
枕木が埋められた斜面を五、六段のぼったところが入り口だ。時代遅れの洋風造りだった。店の名を示すものは何もなく、上半分がガラスの木製ドアに、営業中という小さな札だけがさがっていた。』

僕は、この理髪店に予約を入れて、店主のお任せで調髪をお願いした。普段は、美容院へ行くので、理髪店に来るのは何年ぶりだろう。店主は、調髪の間、自分の歩んできた人生、お店の成り立ちなどを饒舌に僕に話をした。店主には、別れた奥さんと一人息子がいたそうだ。

『それにしても珍しい場所につむじがおありですね。ええ、つむじっていうのは、お一人お一人違います。いえいえ、変わるものではありません。こういう仕事をしていますから、違いはすぐに分かります。
最後までよく喋るジジイだとお思いでしょう。いつもじゃありませんよ。こんなことまでお話ししたのは、お客様が初めてです。あなただけは話しておこうと思って、もう私、そう長くはないでしょうから、」』

 
聡明な読者の皆様、「僕」が誰だか、「店主」が誰だか、もうお解かりでしょう。そして、二人は名乗りあうこともなく、「僕」はしずかに店を出て行きます。さいごに、店主から、『あの、お顔を見せていただけませんか、もう一度だけ、いえ、前髪の整え具合が気になりますもので。』と、この最後のフレーズで、ぼくの涙腺は、我慢の限界を超えました。