「思いわずらう ことなく 愉しく生きよ」

「思いわずらう ことなく 愉しく生きよ」
    江國香織
 光文社文庫
 2011年10月10日第7刷発行

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台風19号は、東日本に甚大な被害をもたらしました。先月は、千葉での大風でしたが、今回は、大雨でした。東日本各地の河川が氾濫。各地で浸水被害が発生。治山治水は、ときの為政者の大事な務めであることは、江戸時代以前からの領主の常識。思い出されるのは、民主党政権時代の「コンクリートから人へ」政策。特に、八ッ場ダムの右往左往は、酷かった。

このときに、治水事業が、どれだけ先送りになったのか、検証が必要でしょう。当時の民主党の政権担当者は、どう考えているのでしょうか?まあ、国民が選んだのだから、国民にも責任はありますが・・・。それにしても、治水事業にも、地域格差があり、その差が露わになりました。

むかしは、神田川、荒川、目黒川などは、しょっちゅう氾濫していましたが、今回の大雨では、氾濫しませんでした。多摩川は、氾濫しましたが、江戸川は、氾濫しませんでした。この差は、(?_?)。阿武隈川千曲川などの地方河川は、ことごとく氾濫しました。これから、こういった事実の検証作業が行われるでしょうが、すべてにスーパー堤防は、財政的には無理だと思いますが、国土の均衡ある安全性をどう考えるか議論も必要でしょう。

それにしても、自然は、人智を超えて人を脅かすことがあります。もちろん、自然は、人を守ることもあります。人は、自然の中で生きてきています。自然災害は、自然のなせる災い。人は、これを克服するために、神に祈り、治山治水を試みてきましたが、自然は、そんなことは関係ない。ある意味では、自然界の淘汰なのかもしれません。というか、自然からの警告かもしれません。

大きな自然災害が発生するたびに、そんなことを考えさせられます。それとともに、66年の人生の中で、まことに幸いにも、そういった大きな自然災害に遭遇していないことを神に・・・仏に、感謝しています。被災された皆様には、お見舞い申し上げるとともに、一日でも早く復興し、皆様が「思いわずらう ことなく 愉しく生きる日」が来ることを祈っています。

長くなってしまいました。江國香織さんの小説は、久しぶりに読みました。江國さんのお父さんは、エッセイストの江國滋さん。「書斎の椅子」(?)読んだ記憶があります。江國香織さんは、十年前ぐらいには、ドラマ化も含めて、若い女性に人気の作家さんでしたが、最近は、あまりお見掛けしません。この本も、10年前のものですが、机の下の本ケースに入っていたので、タイトルを見て、読んでみました。

犬山家の三姉妹。三人三様の人生を送っているが、どこかでつながっている。家族とは、そういうもの。遠く離れて、別々の生活をしていても、ときには、それぞれ思いやることがある。というか、そうあることが望ましい。

親兄弟・姉妹は、小さい時は、一緒に生活して、思い出を共有するが、就職や進学を機に家を出ていく。よく言えば、旅立ってゆく。ぼくも、18歳で上京した。細君との生活の方が2倍の時間を経過している。細君も同じである。多くの人たちが、そうやって人生を紡いでいく。それが、家族の歴史ではあるが、そのことを記憶するのは、三代がせいぜいでしょう。そう考えると、人間の営みなんて、自然の大きさと比較すると小さいものです。

だから、「思いわずらう ことなく 愉しく生きよ」。フレーズは、「禅的生活」ですね。