「背高泡立草」

「背高泡立草」
古川 真
文藝春秋
三月特別号

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第百六十二回芥川賞受賞作。


少し、話はずれるが、宮本輝さんが、今回の選考会をもって、芥川賞選考委員を引退することになった。宮本さんは、1978年「蛍川」で芥川賞を受賞。それ以後、平成の文壇の第一人者でした。ぼくの本箱には、宮本さんの新刊「草花たちの静かな誓い」が出番を待っています。


本箱の奥を漁ってみると、「蛍川」がでてきました。最近は、持ちやすさから専ら文庫本ですが、このころは、まだ、単行本を買って読んでいたのですね。本を読むのも、体力が要ります。歳とともに、本を持つ力も、本を読む力も失せていっていると、すこし、寂しく思っています。芥川賞直木賞本屋大賞の受賞作ぐらいは、まだまだ、読みたいものです。


宮本輝さんが、退任の辞として、次のように言っています。引用します。

 

『人間の本質・・・人は何をもって幸せを感じるかという根本的なところが、テクノロジーに化かされて、若い人たちが見えなくなってきているような気もしています。だからこそ、これからの芥川賞からはそういう時代に切り込んでいくような作品が出てきて欲しいとも思いますね。小手先の技術はいつでも磨くことができる。しかしそうではなくて人間の本質に切り込んで、自分は何を伝えたいのかはっきりと指し示してほしい。それが作家に求められる基本中の基本だと僕は思います。』

 


「テクノロジーに化かされないように、」Today's word


そうそう、折角、引っ張りだした「蛍川」・・・もう一度、読んでみよう。なお、宮本さんは兵庫県神戸市出身。


「背高泡立草」(セイタカアワダチソウ
花粉症のぼくにとっては、クシャミのでるようなタイトルです。


平戸市の沖にある小島。実家の草刈りに福岡からやってきた家族。哲夫、加代子、美穂の兄弟姉妹、そして、知香、奈美の従姉妹。実家には、母の内山啓子が一人で、内山酒店を営んでいる。この島には、古川(啓子の実家)の新しい家、古い家、そして、港の傍に漁具の入った納屋がある。


季節になると、これらの建物の周りは、雑草でおおわれる。この季節に、草刈りに帰郷するのは恒例のことである。「なぜ、草を刈るのか?」「そりゃ、うちものだから」若い従姉妹たちは、納得できる答えではないが、そんなものかと草刈り、掃除を手伝う。そして、用事が終われば、フェリーに乗って福岡に帰っていく。それだけのお話。


物語には、3つの時代が交錯する。戦前の遭難者の物語。江戸後期の蝦夷地への鯨取りの物語。現代のカヌーで海へ乗り出す若者の物語。この物語が、新しい家、古い家とかかわりがあるように感じるが、どうも、それだけではなさそうである。


時代が交錯しながら、掃除、草刈りの段取りが進んでいく。作者は、読者に何を伝えたいのか?帰りの車でうたた寝をしていた奈美が、突然、起きだして、

『「いま帰っていたんだったね。これから草刈りに向かう夢を見たから、びっくりした。」』

 
三世代の家族が、草刈りという行事のために寄り集まって、一日を過ごす。この小説は、実は、家族小説なのかもしれません。