「ブロードキャスト」
湊 かなえ
角川文庫
令和3年1月25日初版
大和の国一之宮 大神(おおみわ)神社 先月、大神神社をブラリと訪れたことは、このブログで書きました。もう一度、日本最古の神社の一つです。ご祭神は、大物主命。政(まつり)の神で、大国主命が、大物主命を祀ることにより、葦原の中つ国は、繁栄したとの古事記伝。
※葦原の中つ国とは、高天原(天上)と黄泉の国(地下)の間の国。地上のこと。
ブロードキャスト(broadcast)動詞で、「放送する」、名詞で、「放送、放送番組」
湊かなえさん、ぼくの好きな作家さんの一人です。ご存知、広島県尾道市因島中庄の出身。武庫川女子大学卒。現在、兵庫県洲本市に在住。ラジオドラマの脚本で賞を取って、作家に、「告白」で本屋大賞を受賞。
今週は、余談なしで、「ブロードキャスト」に直球勝負。なぜなら、後半に、読み比べてもらいたい、面白いコーナーを用意したからです。
「ブロードキャスト」のあらすじ。主人公は、中学時代に陸上競技にうち込み、全国大会を目指した。高校でも、陸上競技を続けるつもりでいた。が、入学前に、交通事故で足を負傷、陸上競技を続けることが、難しくなった。
目標を失って入学した後、脚本家を志望する友人に「イケボ」(いけてるボイス)を買われて、放送部に入部。放送部は、放送ドラマ、ドキュメント、アナウンスなどの部門で全国高校放送コンテストに出場したこともある。
ところが、入部してすぐに、友人が書いた脚本の主役に抜擢されて、ラジオドラマに出演することとなった。
・・・・という青春小説ですが、ここからは、「ブロードキャスト」を読んでみては。
さて、面白いコーナーとは、小説とテレビドラマの脚本とラジオドラマの脚本の違いの・・・サンプル(番外編に収録されています)を紹介します。
オレンジジュースを飲んでいる描写・・・
小説では。
『午後三時、おやつ代わりというわけではないけれど、私は店の冷蔵庫からオレンジジュースの丸い小瓶を取り出し、宮本くんに差し出した。彼は汗をかいた瓶に目を遣ったものの、遠慮しているのか、手に取ろうとしない。しゃべり疲れて、喉が渇いているはずなのに。
「冷たいうちにどうぞ」
促すと、いただきます、と宮本くんはつぶやくように言い、瓶を手にしてゆっくりと口に運んだ。少しだけ飲む。想像以上においしかったか、それとも、早く体に水分とビタミンCを送れと脳が指令を出したのか、宮本くんは瓶を置かずに、残りのジュースを一息に口に含むと、ごくりと喉を大きく鳴らして飲み込んだ。鮮やかな太陽を凝縮したオレンジを、丸呑みするかのように。』
これをテレビドラマの脚本にすると、
『〇パン屋
店の時計は午後三時を指している。
椿、時計に目を遣り、冷蔵庫からオレンジジュースの丸い瓶を取り出す。
宮本に差し出す。
椿「おやつにどうぞ」
宮本、遠慮がちに瓶を見る。
汗をかいている瓶。
宮本、乾いた唾を飲み込む。
椿「しゃべり疲れたでしょう。冷たいうちに」
宮本「(つぶやくように)いただきます」
宮本、ゆっくりと瓶を手に取って蓋を開け、一口飲む。
おいしい、脳に沁みわたる、という表情。瓶を見る。
太陽を連想させる、濃い色のオレンジジュース。
宮本、一息で飲み干す。』
次に、ラジオドラマの脚本にすると、
『SE カランカランと、ドアが開閉する。
柱時計が三回、鐘を鳴らす。
※SEとは、サウンドエフェクト、音響効果のこと
椿「三時か、おやつの時間ですね」
SE 冷蔵庫を開閉する。
木製のカウンターにコトリと小瓶を置く。
椿「うちの名物オレンジジュース、オレンジを丸呑みできそうなかわいい瓶でしょう?飲んでください」
宮本「あ、いや、でも・・・」
椿「中学生のくせに、遠慮しないで。たくさんしゃべった後だから、喉が渇いているでしょう?ほら、瓶も汗かいてる。キンキンに冷えているうちにどうぞ」
宮本「じゃあ・・・、いただきます」
SE 瓶の蓋を開ける音。
ゴクリと小さく一口飲む。
宮本「(思わず)うまっ!(つぶやく)なんだこれ。すっごい濃い、夏の太陽の塊みたいだ」
SE ゴクゴクと飲む音。
宮本「プハー(おいしそうに息を吐く)」』
朝ドラの劇中、ラジオドラマ「お父さんはお人好し」(花菱アチャコ、浪花千枝子 昭和29年~昭和40年)の脚本も、こうして仕上がっているのですね。