「真綿荘の住人たち」

tetu-eng2014-03-09

「真綿荘の住人たち」
 島本 理生
 文藝春秋
 2010年2月10日発行
 1333円(税別)

 平和の祭典ソチ・オリンピックの直後、ロシアが、ウクライナクリミア半島を実効支配しいてるとの報道。20世紀の覇権主義の歴史は、いまだ、消えることはないのでしょうか?自国民の保護を名目として、列強は、外国人居留地に軍を派遣して駐留する。いつの間にか、軍は、居留地から侵略を始める。今度も、ロシア語を通用語としているロシア系住民の保護が名目のようです。それぞれ、国家には、守るべき矜持があるのでしょう。それには、歴史的な経緯が深く関連しています。日本も、北方領土竹島尖閣諸島など、他国との領土関係の懸案がありますが、世界は、グローバル化が急速な勢いで進行しています。領土と言う概念がなくなり、それに関連した争いがなくなる世界は、何時、訪れるのでしょうか?

『春風が、桜の花びらを巻き上げた。大和君は左右を見回して、地図に描かれた細い路地を探した。
 青々とした垣根に挟まれた小さな道へ入り、数十歩ほど進んだとき、ようやく目的のアパートを見つけた。
 それは由緒正しい木造二階建てのアパートだった。取り囲んだブロック塀に「真綿荘」という表札が出ていた。』

 「真綿荘」の部屋割りが目次の次の頁に掲載されています。一階が、綿貫千鶴(大家さん、恋愛小説家)、真島晴雨(千鶴さんとの内縁関係、画家)。二階が、大和葉介(大学新入生)、鯨井小春(体型にコンプライアンスのある大学生)、山岡椿(OL、女子高生の八重子とつきあっている)。以上5名の住人です。小説では、登場人物の紹介、部屋割りの略図などがあると、結構、読みやすくなりますね。「千日紅の恋人」(帚木(ははきぎ)蓬生(ほうせい))を読んだときは、「扇荘」の部屋割りを紙に書いて読みました。

 北海道出身の大和くんは、東京の大学への進学が決まり、上京します。そこで、お母さんの遠縁に当たる千鶴さんが大家の江古田にある「真綿荘」にすむこととなりました。「真綿荘」は、トイレは各部屋にありますが、お風呂は共同、食事は一階の食堂で、みんなで食べます。食事付きの下宿ですね。「真綿荘」の住人は、紹介したとおり。お話は、それぞれの住人が主役となり、それぞれの身の周りでの出来事(特に、恋愛関係かな?)が主題となります。でも、「真綿荘」の住人は、それぞれ、ちょっと奇妙な人たちです。それが、また、おもしろい。そんな人たちが繰り広げる青春小説であり、恋愛小説であり、ちょっとしたサスペンスでもある。

『洗面台の鏡に映った、むっくりとした瞼を見つめながら、歯磨き粉を絞り出す。
 口の中に歯ブラシのひんやりとした感触が滑り込む。私の数少ない自慢は、生まれてから一度も虫歯になったことのない白い歯だ。
 うがいをして、きゅっと目を開いた瞬間、廊下を歩いてくる音が聞こえた。
 とっさにタオルを掴んで、びしょぬれの口元を隠した。
 ドアが開くと、のんびりと明るい声が響いた。
 「あ、鯨さん。おはようございます。今朝のごはん、めちゃめちゃ良い匂いしてませんか」
 「そ、そうね。豚汁の匂いかな」
 廊下を小走りぎみに進んで部屋に戻りながら、ごしごしとタオルで顔を拭う。自分が抱えるにはあまりに分不相応な、この世で一番、無駄で無意味だと思う感情を持て余しながら。
 私は、同じ真綿荘の住人の大和君に、恋をしているのだ。』

 島本理生さんの小説は、初めて読みましたが、なぜ、直木賞を受賞しないのか?いや、純文学として芥川賞でもいいんじゃないでしょうか?文章にへんな癖がなく、言葉は巧みに操られて、構成もおもしろい、「真綿荘」の世界に引きずり込まれるようです。もう一冊、ベストセラーとなった「ナラタージュ」も読んでみたい本ですね。って、もう、今、机の上にありますけど。