「ナモナキラクエン」

tetu-eng2014-08-17

「ナモナキラクエン」
小路 幸也
角川文庫
平成26年5月25日発行
560円(税別)

 ビタースイート家族小説。甘く、ほろにがい家族の小説。小路幸也さんは、このジャンルの小説が、いいですね。「東京バンドワゴン」は、テレビドラマでも放映されました。同じく、ビタースイートのホームドラマですね。ビタースイートって、言葉、最近の流行語ですかね。僕は、好きですね。この小説も。

『父さんがふらっと立ち上がって台所に来たなと思ったら、そう言ったんだ。
「楽園の話を、聞いてくれないか」
あまりにその場にそぐわない台詞(せりふ)だったので、僕は一瞬なんて言ったのか理解できなくて、手にしていた新聞を下ろして父さんを見た。
その瞬間、父さんは微笑んだんだ。
たとえば僕たちが何か何かを言ったときに「いいねえ、その台詞」という言葉とともに見せる笑みを顔に浮かべて、そしてそのまま崩れ落ちるように、ゆっくりと、台所の古びた木の床に倒れた。
五十六歳だった。』

長男、向井山(ムカイ サン)大学生。長女、紫(ユカリ)高校生。次男、水(スイ)中学生。次女、明(メイ)小学生。四人の兄弟姉妹の父さんの死は、突然でした。四人の兄弟姉妹の名前は、「山紫水明」。

四人とも異母兄弟姉妹です。父さんと母親は、すでに離婚して、それぞれの母親とは別居でした。四人は、父さんが亡くなったことを伝えるために、それぞれの母親を訪ねることとしました。

なぜ、四人は、異母兄弟姉妹なのか。それぞれの母親を訪ねる旅から、その謎が、少しずつハッキリとしてきます。でも、四人にとっては、そんなことは、どうでも良いことなのです。四人は、兄弟姉妹であることに変わりはありません。お父さんの子どもなのです。

ところが、「山紫水明」の四人の名前に、もう一つの、大きな謎があったのです。

『父さんが望んだ楽園は、たぶん、ちゃんと存在していたと思う。
その話を、父さんが本当にうまくやれているかどうか不安だったそれを、大丈夫だよというふうに言えなかったことは、話をできなかったことは残念だけど。
大丈夫だよ。
思い出す度に、そう言ってあげようと思う。僕たちは幸せな子供として、このまま過ごして、大人になって、それぞれに新しい家族を作って、そうして。
それぞれの、ささやかかもしれないし、名もないものかもしれないけど、そこが楽園であり続けることを目指して生きていくから。』

僕は、この小説を読みながら、何度となく、目に涙をにじませました。いま、この雑感を書きながらも、同じです。悲しい涙でも、くやしい涙でも、ありません。家族の愛といえば、おおげさなのでしょう。「ナモナキラクエン」への感動の涙です。