「アイスクリン強し」

tetu-eng2014-07-13

アイスクリン強し」
畠中 恵
講談社文庫
2012年1月10日発行
552円(税別)

『時が時代を連れ去って、「江戸」が「明治」という名に改まった。
すると頭に頂くお方が、公方様から天使様に変わったからには、万事移り変わるのが世の習いと定まったらしい。世俗の町中においても、名や姿を改めるものが多々出てきたのだ。』

 時は、明治の二十三年のお話。二十三年もたつと、明治に世が変わってから生まれた者が、今で言えば、成人しているのだから、当然、江戸は遠くになりにけりです。畠中さんは、「しゃばけ」シリーズでベストセラー作家の仲間入りをした時代物の作家さんですが、ちょっと、時代が進んで明治を時代背景としたのがこの小説です。

 しかも、「アイスクリン」の題名のとおり、西洋菓子が小説のアイテムとなっています。

『皆川真次郎は、東京は築地の居留地近くに、西洋菓子屋風琴屋を開いたばかりの、店主兼菓子職人であった。最新の西洋菓子を、居留地で外国人から伝授された者なのだ。』

 物語は、西洋菓子店主の皆川真次郎とその幼友達の「若様組」を称する旧幕臣の巡査たち、そして、明治の世代わりで成金となった小泉屋の御当主や一人娘沙羅が、様々な事件にかかわるという、いたって、普通のドラマ仕立てです。特徴的なのは、西洋菓子がアイテムとなっていること。「チョコレイト」「シュウクリーム」「アイスクリン」「ゼリケーキ」「ワッフルス」などの西洋菓子の製法などが面白く紹介されています。

 が、明治二十三年にそういった西洋菓子があったのかどうか?それは、当然、畠中さんの時代考証に頼るしかありませんね。巻末の資料一覧に、「西洋菓子彷徨始末」「和洋菓子製法獨案内」などの文献が掲載されているので、間違いないと思いますが、きっと、現代の私たちが口にしているお菓子とは、名前は、同じでも、相当な違いがあるとは思います。

『牛乳一コールドを軽く暖め、牛酪十五匁を溶かす。砂糖を匙で二杯、塩を一つまみ入れ、ある程度冷ましたら黄身に小麦粉を混ぜ、どろどろにしたものを、先の牛乳と牛酪の中に入れる。その後泡立てた白身を加え、全てを混ぜたら生地の出来上がりであった。
真次郎が暖炉に鉄鍋をかけ、その側で使用人頭の滝川がお茶や皿の用意をしている。横では御当主や沙羅、それに三人の巡査が暖炉を囲む椅子に座りくつろいでいた。
「じゃ、焼きますよ」
暖炉の前で片膝をついた格好で、ワッフルスの生地を鉄鍋に落とすと、菓子の甘い香りが部屋内に流れる。』

ワッフルといえば、昔、尾道に単身赴任していたとき、千光寺山のロープーウェイ乗り場の近くに「こもん」という茶房があり、そこのワッフルは、ちょいと名物でした。いろいろなトッピングがあって、なかなか、田舎に似合わずおしゃれな雰囲気でした。そのときのことを思い出します。単身赴任の時の一つの楽しみでしたね。