「黄金の刻(とき)」

「黄金の刻(とき)」

楡(にれ) 周平

集英社文庫

2024年2月25日初版

 

最近のこと、不思議なことが、よく起る。・・・不思議でもないか?

パソコンにもスマホにも、不思議なメールが飛び込んでくる。フィッシングなのか、どうか、判別が難しい。

 

 

一番、難儀したケースを紹介します。

 

某カード発行会社からスマホにショートメール

『カードのご利用確認をお願いいたします。リンク先表示』

続けて、同じ某カード会社からパソコンにメール

『カードのご利用確認をお願いいたします。リンク先表示』

 

 

となると、本物か?ということで、リンク先をクリック。本物でした。たぶん!!

 

『不正な利用があったので取引が不成立・・・という内容』

 

不思議なのは、クレジットカードは昨年11月に解約したもので、しかも、交通系(ETCなど)にしか利用したことがない。しかし、3月にネットショップで利用されているとのこと。何故?Why?

 

取引不成立だから、いいけど!

 

さらに、不思議なのは、某カード会社からカードの再発行が送られてきました???

電話しても、まったく、繋がらないので、面倒だからWEBで、再度、解約手続きを行いました。

 

結局、これって、多分、再発行の手数料は天引きされると思うけど・・・。どうなってるの??新手の某カード会社の手数料稼ぎ??

 

余談はここまでで、今週は、「黄金の刻(とき) 小説服部金太郎」です。

 

服部金太郎って、誰?

 

服部時計店創立者服部時計店って何?精工舎、そう世界の「SEIKO」です。日本国民みんな一家に一つはあると思うSEIKOの時計。

 

『「せいは精緻の精、こうは工業の工、しゃは学舎の舎・・・」』

 

 

日本で、時計が普及したのは、明治も中頃になってからです。そりゃそうですね。江戸時代は、時を告げるのは、お日様とお寺の鐘の音ぐらいだったのでしょう。というか、時間の概念が、現代ほど緻密ではなかったのでしょう。

 

明治維新後、西洋の文化が入ってくるようになり、時計は、舶来製品がほとんどでした。まだ、日本に製造技術が確立されていませんでした。

 

そんな時代に、明治7年(1874年)、15歳の服部金太郎は、やがて時計が普及することを予感しました。

 

『「時計商は売って終わりではありません。機械は必ず故障しますし、手入れを怠れば、正確に時を刻まなくなります。まして時計は高価ですから、そう簡単に買い換えることができません。つまり本体の販売と修理、手入れと三つの商機があるのです。」』

 

 

僅か、150年、身の回りの時計は、置時計、柱時計、懐中時計、腕時計、そしてデジタル時計と変遷してきました。さらに、時を知らせる道具は、いま、街にあふれています。

 

この小説では、そんな身近な時計の歴史を勉強することが出来ました。うむ、明治の人は偉かった。

 

そうそう、先日、最後の明治生まれの方が亡くなったそうです。明治は遠くなりにけり。