「星火瞬く」

tetu-eng2012-07-08

山道から山へ分け入ると、緑が濃くなってきました。ちょっと前には、落葉樹の葉が落ちて殺風景だった山の緑が、今は目に痛いほどです。季節は、確実に夏に向かっています。今週の1枚は、「山道」です。

「星火瞬く」
葉室 麟(はむろ・りん)
講談社
2011年8月30日第一刷発行
1600円(税別)(神戸市立西図書館)

 葉室 麟(はむろ・りん)さんの小説は、初めて読みます。久しぶりの歴史小説です。以前は、司馬遼太郎を筆頭に歴史小説を読み漁っていたのですが、最近は、時代小説は読んでも、歴史小説を読まなくなりましたね。司馬遼太郎が、あまりにも偉大すぎたのでしょうか?司馬史観とまで言われた歴史観を持つ作家、作品が、まだ、現れないからでしょうか?
 時代は、江戸末期です。シーボルトは、歴史の教科書で登場しますが、この小説の主役は、シーボルトの息子アレクサンダー・シーボルトです。

『なんと長い旅だったろう。
 十三歳のわたし、アレクサンダー・シーボルトが父親のフィリップ・フランツ・シーボルトとともに日本へ向かうため、フランスのマルセイユからイベリア東洋汽船会社の船に乗りこんだのは、1859年のことだった。
 父は六十三歳。白髪が豊かでもみ上げから顎にかけて長い髭をたくわえ、鼻筋のとおった謹厳な顔をしている。
 父にとって日本への旅は二度目だった。』

 シーボルト事件(シーボルトが、日本の地図を国外に持ち出そうとして、今でいうスパイ容疑で国外追放となった事件)から二十九年後、シーボルトは、息子アレクサンダーを伴い、再び、日本の土を踏みました。時は、ちょうど、日本が、日米修好通商条約を締結して、開国への道を歩み始めた頃、一方では、開国に反対する攘夷の嵐が吹いていました。

バクーニンはロシア貴族の家に生まれ、砲兵将校となったが、軍隊生活になじめず退役した。その後、哲学の徒となりヘーゲルに学んだ。
 バクーニンは高踏的な哲学に飽き足らず、革命家への道を歩み始めた。
 そのバクーニンが1848年革命から十三年後、シベリアを脱出して日本に来たのだ。』

 もう一人の主役が、ロシアから日本に脱出してきた革命家バクーニンです。バクーニンが日本にやってきた目的は、日本に革命の種火を熾すことでした。横浜居留地のホテルを舞台にして、繰り広げられる出来事は、アレクサンダー著「シーボルト最後の日本旅行」から脚色したものでしょうか?

外国奉行小栗忠順は、後に上野介と名のる。この時、三十五歳。細面であごがしまった顔つきをしており、目が鋭いのが特徴だった。
 井伊直弼に見出されて外国掛となり、去年は日米修好通商条約批准書交換の遣米使節として、アメリカ海軍軍艦ポーハタン号で渡米している。
 この時の護衛艦勝麟太郎(海舟)を艦長とする咸臨丸だった。
 忠順たちの使節団はアメリカから大西洋を越え、アフリカのロアンダ、ジャワ島バタビア、香港を回り世界を一周した。そして、十一月に外国奉行に任じられたばかりだ。』

 三人目の主役は、幕臣でありながら、新しい思想を持ち、幕藩体制を変えることにより、日本を中央集権国家にしていこうとする小栗忠順バクーニンと小栗の駆け引きのクラマックスは、なかなか読みどころです。全体に、文章が平易で、センテンスが短いので、歴史小説にありがちな重厚感がなく、読みやすくなっています。ただし、司馬史観のような作者の歴史観は、どうでしょうか?