「和菓子のアン」

tetu-eng2013-09-01

「和菓子のアン」
 坂本 司
 光文社文庫
 2013年10月20日初版第1刷発行
 2013年5月10日13刷発行
 667円(税別)

 「桜餅」は、塩漬けした桜の葉を巻いた餅菓子です。この桜の葉は、全国のシェアの70%を伊豆半島の松崎で生産されています。この情報は、この小説には、書かれていません。昔、松崎に旅行した時に、見たか聞いたかした情報が、なぜか、僕の頭に残っていました。この「桜餅」を桜の葉ごと「がぶり」と食べると、中からは、ほんのりと甘いこし餡、うむ、桜の葉、半殺しの餅(半殺しの餅の意味は、最後に)、こし餡、この三つ巴のコンビーネーション。いかん、つばが出てきた。冒頭から、こんな役に立たない情報で失礼しました。 最近、ケーキなどの洋菓子よりも和菓子の方がいいな、と思っている僕です。そこで、「和菓子のアン」を紹介します。

 高校を卒業して、進学もせず、就職もしないで、何となく、ブラブラしていたちょっぴり太めの梅本杏子(十八歳)さん。デパ地下で、就活を兼ねて、ぶらり。たまたま募集のあった和菓子店「みつ屋」にアルバイトで採用されます。まあ、食べることの好きな十八歳。
 

『初出勤日は、とにかく商品の名前と値段を覚えるので精一杯だった。みつ屋は乾きもののおせんべいや落雁にはじまり、日持ちのする羊羹に最中、どら焼きや大福といった普段使いのお菓子、そして季節の上生菓子と案外アイテム数が多く、私は商品カタログ家に持って帰って必至で暗記した。』

 お仕事小説は、銀行員、証券マン、鉄鋼マンなどの大企業を描いた企業小説とは異なり、あまり小説にならないようなお仕事の現場での日常の出来事を小説として書いているもの(これ、僕の私見)。最近、読んだ本では、喫茶店バリスタ古書店の店主、時計屋の店主、本屋の店員、便利屋などなど。これは、これで、面白い。僕の知らない世界を見ることができるから。筆者の坂本さんは、別に、お菓子屋さんではないので、和菓子の勉強をしなければなりません。そして、読者に、解り易く紹介しなければなりません。これが、小説家のひとつの使命ですね。

 和菓子の世界って、奥が深い。まあ、どの世界も知らない者にとっては、そうかもしれませんが。普段使いのお菓子は馴染みがありますが、上生菓子となると、食べた経験も、あまり、ありませんね。茶道なんて、経験されている方は、もちろん、詳しいのだと思いますが、季節ごとに、物語性をもった歴史のあるお菓子もあれば、職人さんの創作ものもあり、いずれにしても、洋菓子とは異なり、お菓子に物語性があるということが素晴らしい。・・・洋菓子のこと、知りませんが?

 『「えっと、七夕のお菓子があるって聞いたんですけど」
 上生菓子の「星合(ほしあい)」のことだ。私はケースを指して、黒い餡の地に透明な寒天が流されたお菓子を見せる。
 「えっ?これが?」
 彼女が驚くのも当然だ。だって普通七夕のイメージといったら、水色の天の川に黄色いお星様だろう。けれどこれは暗い色の中にぽつりと鳥が浮かんでいるという地味なデザインなのだ。
 「どうしてこれが七夕なんですか?」
 このお菓子を見たとき、私も同じ質問を椿店長にした。そこで私は受け売りの知識を駆使して、お客様に説明する。
 「まず、この黒いのは夜空です。星が浮かんでいないのは、まだ天の川が見えないから。そしてこの鳥はカササギ。織り姫と彦星が会うためには、カササギが橋を架けてあげなければなりません」
 うんうん、と彼女はうなずいてくれた。
 「なのでこのカササギは、これから橋を架けにいく途中なんです」
 「ああ、そういう意味なのね。最初は地味だと思ったけど、理由を聞くとすごくロマンチック!」』

 さて、「半殺しの意味」は、

『「半殺しっていうのはね、お米とか豆とか粒状の穀物を半搗きにすることを言うの。たとえば秋田のきりたんぽなんかそうね」
 「あ、あの半分お餅っぽい感じの」』

 ということで、この小説を読めば、和菓子に詳しくなりますよ。