「いちばん長い夜に」

tetu-eng2015-04-05

「いちばん長い夜に」
乃南アサ
新潮文庫
平成27年3月1日発行
710円(税抜)

「いつか陽の当たる場所で」「すれ違う背中を」の完結編です。前科(マエ)持ちの刑務所(ムショ)仲間。芭子さんと綾香さんの二人の人生。

前2作は、図書館で借りて読みました。以前は、毎週土曜日に西図書館に行って、面白そうな本を借りて読んでいましたが、なかなか、自分の思う本がないので、最近は、新刊文庫本を買っていますね。「いつか陽の当たる場所で」は5年前ぐらい、「すれ違う背中を」は2年前ぐらい、だと思いますから、芭子さんと綾香さんとのお付き合いは、5年越しと言うことになります。

今、そういうお付き合いをしているのは、「ビブリア古書堂」の栞子さん、「シアター」の劇団メンバーぐらいですかね。「思い出のとき修理します」の明里さん、「珈琲店タレーランの事件簿」の美星さんとのお付き合いは途切れていますね。まあ、もともと、シリーズ物は、あまり好みではないという理由もあります。

でも、芭子さんと綾香さんとのお付き合いが、終わるのは、ちょいと寂しいですね。

「いちばん長い夜に」は、おそらく、書き始めたときの構想とは、まったく、違った内容になったのではないでしょうか。結論を言うと、2011年3月11日の大震災が、その原因です。最後に、お話しましょう。

『前科(マエ)持ち。
それが芭子と綾香の素性だった。罪状に関しては、芭子は昏睡強盗罪、綾香の方は殺人の罪で裁かれたという違いがある。もともと生い立ちも性格も、年齢も大きく違う。それでも四年あまりの年月を、朝から晩までずっと一緒に過ごすうちに、互いにもっとも大切な存在になった。』

綾香は、出所してから、パン職人を目指して、パン屋さんで働きながら、夢の実現に向けて、質素な生活をしている。芭子も、最近、あそこで習得した裁縫の技術を生かして、犬の洋服のデザイン、製作をはじめて軌道に乗りはじめました。

その日、芭子は、綾香の別れ別れになった子供の消息を調べるために、綾香の出身地である仙台に、来ていました。朝早い、東北新幹線で仙台に到着して、綾香の足跡を訪ね歩きました。そして、午後二時四十六分。うおーん、うおーん、携帯がけたたましく鳴り始めました。「緊急地震速報」。そして、天と地がひっくり返ってしまうのです。

「あとがき」で、その日、乃南アサさんは、取材のため、仙台に居ました。そして、その時間を迎えたのです。そして、乃南さんは、仙台のホテルに避難して、すぐに、タクシーを、福島、宇都宮と3台乗り継いで、翌日、東京に帰ったそうです。そのとき、海岸線が、津波の被害で大変なことになっていることは知らなかったそうです。

芭子も、同じように、3台のタクシーを乗り継いで、東京に帰り着きます。そして、その日から、綾香は、狂ったように東北へのボランテイアに出かけるようになります。

おそらく、乃南さんの、その経験で、小説のタイトルと構成は、おおきく変わったのではないかと思います。そして、この小説は、完結編が、あの大震災の夜の記録となったのではないでしょうか。

『生命や家族や住む家を失った人たちに比べれば、芭子たちの受けた影響など、蚊にさされた程度のことに過ぎないとは思っている。だが、明らかに、人生は変わった。つまりあの地震は、ことの大小にかかわらず、多かれ少なかれ、この世の中の人を大きくいくつかに分けてしまったのかも知れないと、最近になって芭子は考える。
直接的せよ間接的にせよ、被害に遭った人と遭わなかった人という分け方はもちろんのこと、福島第一原発の事故をはじめとする一連の出来事を通して、自分たちの未来を考えるようになった人とそうでない人。これから先の生き方を考えられるようになった人、そうでない人。この国の有り様を考えるようになった人と、そうでない人。
他人への思いやりや人とのつながりを大切に思うようになった人と、特段何が変わるということもない人。人が受けた傷の深さや大きさに思いをいたすことの出来る人と自分の感覚でしか計れない人。簡単に忘れてしまえる人と、刻まれた記憶や傷をずっと抱え続けていく人―――。』

長々と引用しましたが、経験していない僕には、推し量ることは出来ません。しかし、「忘却」という人間に与えられた恩寵も大事なことだと思います。生きていく上で。