「夜行」

「夜行」
森見登美彦
小学館文庫
2019年10月9日第1刷発行

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「夜行」といえば、寝台夜行列車を思い出す。・・・西鹿児島発東京行「あさかぜ」。18歳のとき、上京するぼくは、下関の駅で、7時頃発の「あさかぜ」に乗車した。ホームには、父母・弟、そして、叔父さん、叔母さん、従姉妹まで、見送りにきていた。前日、柳行李と布団袋はリヤカーで安岡の駅に持ち込み「ちっき」で下宿に送った。昭和47年のことである。
※柳行李 柳の枝を編んでつくった行李
※行李 衣類などをいれて保存するのに用いた用具
※布団袋 蒲団を包むための麻製の用具
※リヤカー 荷物を運ぶ二輪車(正式には、リア カー)
※ちっき 鉄道による手荷物運送の預かり証 むかしの宅急便にたなもの。

寝台夜行列車の客室は、3段ベッドになっている。ぼくは、身長が高いので、いつも、一番上の段を予約していた。一番上は、足元に荷物の置き場があるので、そこに足を投げ出すことができるからである。ただし、天井が低いので、中腰にもなれず、這いつくばるしかできない。さらに、上り下りに梯子を利用する。

そんな物語を細君にすると、「あんた、何年生まれ?」と揶揄される。いやいや、東京生まれ、東京育ちの都会の人には想像できないかもしれませんが、これは物語ではなく、事実なのです。もっといえば、ぼくの高校時代、山陰本線には、蒸気機関車(C51)が走っており、駅の近くの踏切で汽車の後部デッキに飛び乗っていた連中も見かけたこともあります。

そんな時代だったのです。
「ふる雪や 昭和は とおく なりにけり」(盗作)

『妻と夜行列車に乗った夜のことを夜のことを思い出す。
「夜明けの来る感じがしないね」
妻がそう呟いてから間もなく、我々を乗せた夜行列車は尾道駅を通りかかった。あたりがパッと明るくなって、蛍光灯の明かりに照らされた無人のホームが車窓を通り過ぎていった。
尾道って来たことある?」
尾道駅を通り過ぎると、山陽本線の線路際にまで迫った古い町並みが続く。寺の門へ通じる石段や、建て込んだ家並みの隙間を這い上がっていく坂道が見える。一瞬で通りぎていくそれらの坂は、見知らぬ国へ通じるトンネルのような、神秘的な印象を僕に与えた。』


岸田道生という銅板画家の描いた「夜行」という連作絵画。尾道奥飛騨津軽天竜峡そして鞍馬。僕は、テーマ「夜行」のそれぞれの土地で、時空を超えた不思議な体験をする。

まるで、銅版画の世界を彷徨うように。いったい、僕は、どこへ行くのか?

夜行列車に乗って、窓外を眺めていると、不思議な気持ちになることがある。とくに、薄暮から夜にかけて、通り過ぎる夜陰に溶け往く街の灯りには、不思議な魔力があるのかもしれない。

夜は短し歩けよ乙女」の森見登美彦さんの、ファンタスティックなワールドは、健在です。