■「伝える言葉」プラス
大江健三郎を読むのは久しぶりです。ご存じのとおりノーベル文学賞受賞作家ですが、私にとっては、読みにくい作家の1人です。どう読んでも、読み解くことができない。私の読解力不足でしょうが、半ページ読むと、また、元に戻って何が書いてあったのか、読み直さないと書いていることが頭に残らない。まったく、厄介な作家です。
それでもこの本を選択したのは、「伝える言葉」は、以前、朝日新聞朝刊に月に1度掲載されていたからです。その時、読み落としたものがあると思ったのと、読んだ記憶はあるのですが、さて、どんなことが書いてあったかと思いだそうとしても、さっぱり思い出せなかったからです。
「プラス」とあるのは、連載エッセイ以外に「記憶してください。かれはこんな風に生きて来たのです。」「教育の力にまつべきものである」「ひとりの子供が流す一滴の涙の代償として」の3編の講演記録が掲載されているからです。
さて、今回、漸く読後の印象として残ったのは、大江健三郎の息子「大江光」の絶対音感についてです。ご存じのとおり、大江光は、知的障害を持って生まれました。その彼の絶対音感に気が付き、かれを作曲の道に誘った母親、そして彼を指導した先生たち、そして、それを見守った大江健三郎。彼の絶対音感に気がついたのは、鳥のさえずりに対する彼の特別な反応を見逃さなかったがことに起因しているそうです。
それから、彼の特別な才能をさらに引き出し、そして、伸ばして、見事に開花させクラシックのCDをリリースするまでに成長させた、いや、成長したその人間すばらしさに感動せざるを得ません。もちろん、それまでの過程において、まったく、音楽に興味を持たなくなった時期もあったそうです。それでも、彼を見守り、無理強いもしなかった。
そして、そのこもごもの出来事が「伝える言葉」のエッセイの一節に綴られているとともに、「プラス」の夏目漱石の「こころ」の一節を引用して「記憶して下さい。私は斯んな風にして生きて来たのです。」から「記憶してください。かれはこんな風に生きて来たのです。」のタイトルになっています。