「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

tetu-eng2013-07-21

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
 村上 春樹
 文藝春秋
 2013年4月15日第1刷発行
 2013年4月25日第6刷発行
 1700円(税別)

 趣味は何ですか?と聞かれれば、一番に読書です、と答える僕が、おかしな話ですが、一時期、村上春樹村上龍村上春樹角川春樹がゴチャゴチャになっていました。本を読むことが好きな割には、嗜好が偏っていたため、そんな思い間違いをしていたのでしょうか?それにしても、笑われてしまうことですが、事実だから仕方がありません。でも、柴田連三郎、海音寺潮五郎藤沢周平池波正太郎司馬遼太郎などの作家のことは、しっかり、解っていますよ(って、性懲りもない負け惜しみ)。何を言いたいかといえば、僕は、初めて、国民的な人気作家である村上春樹の本を読んだということです。

『大学二年生の七月から、翌年の一月にかけて、多崎つくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた。その間に二十歳の誕生日を迎えたが、その刻み目はとくに何の意味も持たなかった。』

 小説の出だしは、おいおい、自殺の話かと思いましたが、多崎つくるが暗澹たる気持ちになった原因は、高校時代の5人の仲間から、つくるには、理由がわからずに「つまはじき」にされたことでした。その仲間は、赤松(アカ)、青海(アオ)、白根(シロ)、黒埜(クロ)の4人です。名古屋での高校時代の「美しい共同体」「乱れなく調和する共同体」でした。何故、つくるは、「つまはじき」されたのか?つくるは、三十六歳の今まで、その理由を知ろうともしなかった。もう、お解りでしょう。この仲間の中で、色彩を持たないのは、多崎つくるだけです。って、そんな単純な理由だけの「タイトル」でないのは、小説を読み進めれば、その「こころ」が見えてきます。ある日、つくるは、二歳年上の付き合っている木元沙羅からアドバイスをされます。

『「あなたの頭には、あるいは心には、それともその両方には、まだそのときの傷が残っている。たぶんかなりはっきりと。なのに自分がなぜそんな目にあわされたのか、この十五年か十六年の間その理由を追及しようともしなかった」
「なにも真実を知りたくないというんじゃない。でも今となっては、そんなことは忘れ去ってしまった方がいいような気がするんだ。ずっと昔に起こったことだし、既に深いところに沈めてしまったものだし」
 沙羅は薄い唇をいったんまっすぐ結び、それから言った。「それはきっと危険なことよ」
「危険なこと」とつくるは言った。「どんな風に?」
「記憶をどこかにうまく隠せたとしても、深いところにしっかり沈めたとしても、それがもたらした歴史を消すことはできない」。沙羅は彼の目をまっすぐ見て言った。「それだけは覚えておいた方がいいわ。歴史を消すことも、作りかえることもできないの。それはあなたという存在を殺すのと同じだから」』

 つくるは、名古屋へ行き、アカとアオを訪ね、さらに、フインランドへクロを訪ねて、飛び立ちます。自分の過去と向き合う「巡礼の旅」に出掛けたのです。そこで、つくるが見つけたものは何か?「歴史を消すことも、作りかえることもできない。」その言葉が、つくるを動かしました。この小説は、「すばらしい」の一言です。何故、今まで、村上春樹の世界に入ろうとしなかったのか?夏目、芥川、太宰等の文豪と呼ばれた作家の作品に匹敵するものだと思います。世評、ノーベル文学賞の掛け声も当然ですね。今からでも、遅くはないでしょう。いざ、村上春樹ワールドへ!