「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
村上 春樹
文藝春秋
2013年4月15日第1刷発行
2013年4月25日第6刷発行
1700円(税別)
趣味は何ですか?と聞かれれば、一番に読書です、と答える僕が、おかしな話ですが、一時期、村上春樹と村上龍、村上春樹と角川春樹がゴチャゴチャになっていました。本を読むことが好きな割には、嗜好が偏っていたため、そんな思い間違いをしていたのでしょうか?それにしても、笑われてしまうことですが、事実だから仕方がありません。でも、柴田連三郎、海音寺潮五郎、藤沢周平、池波正太郎、司馬遼太郎などの作家のことは、しっかり、解っていますよ(って、性懲りもない負け惜しみ)。何を言いたいかといえば、僕は、初めて、国民的な人気作家である村上春樹の本を読んだということです。
『大学二年生の七月から、翌年の一月にかけて、多崎つくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた。その間に二十歳の誕生日を迎えたが、その刻み目はとくに何の意味も持たなかった。』
小説の出だしは、おいおい、自殺の話かと思いましたが、多崎つくるが暗澹たる気持ちになった原因は、高校時代の5人の仲間から、つくるには、理由がわからずに「つまはじき」にされたことでした。その仲間は、赤松(アカ)、青海(アオ)、白根(シロ)、黒埜(クロ)の4人です。名古屋での高校時代の「美しい共同体」「乱れなく調和する共同体」でした。何故、つくるは、「つまはじき」されたのか?つくるは、三十六歳の今まで、その理由を知ろうともしなかった。もう、お解りでしょう。この仲間の中で、色彩を持たないのは、多崎つくるだけです。って、そんな単純な理由だけの「タイトル」でないのは、小説を読み進めれば、その「こころ」が見えてきます。ある日、つくるは、二歳年上の付き合っている木元沙羅からアドバイスをされます。
『「あなたの頭には、あるいは心には、それともその両方には、まだそのときの傷が残っている。たぶんかなりはっきりと。なのに自分がなぜそんな目にあわされたのか、この十五年か十六年の間その理由を追及しようともしなかった」
「なにも真実を知りたくないというんじゃない。でも今となっては、そんなことは忘れ去ってしまった方がいいような気がするんだ。ずっと昔に起こったことだし、既に深いところに沈めてしまったものだし」
沙羅は薄い唇をいったんまっすぐ結び、それから言った。「それはきっと危険なことよ」
「危険なこと」とつくるは言った。「どんな風に?」
「記憶をどこかにうまく隠せたとしても、深いところにしっかり沈めたとしても、それがもたらした歴史を消すことはできない」。沙羅は彼の目をまっすぐ見て言った。「それだけは覚えておいた方がいいわ。歴史を消すことも、作りかえることもできないの。それはあなたという存在を殺すのと同じだから」』
つくるは、名古屋へ行き、アカとアオを訪ね、さらに、フインランドへクロを訪ねて、飛び立ちます。自分の過去と向き合う「巡礼の旅」に出掛けたのです。そこで、つくるが見つけたものは何か?「歴史を消すことも、作りかえることもできない。」その言葉が、つくるを動かしました。この小説は、「すばらしい」の一言です。何故、今まで、村上春樹の世界に入ろうとしなかったのか?夏目、芥川、太宰等の文豪と呼ばれた作家の作品に匹敵するものだと思います。世評、ノーベル文学賞の掛け声も当然ですね。今からでも、遅くはないでしょう。いざ、村上春樹ワールドへ!